ダイの大冒険─最終回後─二次小説

ダイの大冒険最終回後の二次小説になります。

帰還 Ⅰ



 


 ─友情の華─


 


「本当にマァムには逢っていかなくていいんですか?ポップ……」


 アバンの問いにポップは俯いたままだ。


 食堂で朝食を取っているであろうマァムと顔が合わせづらいポップにレオナが気を利かせて特別にアバンとポップに朝食の為の部屋を用意してくれた。


「まぁでも私は心配してはいませんけどね……」


「え……?」


 ポップは顔を上げて朝食を楽しんでいるアバンを見る。


「あなた達は、考えてみたらまだお互い出逢ったばかりでしょう?確かにこの数ヶ月で随分と濃密な時間は過ごしていますが、まだまだお互いに知らない事もあるでしょうし、これからですよ二人とも♪」


「先生……」


「ゆっくり考えることです……あなたもマァムも……まだまだ若いんですから、ね♪」


 アバンの茶目っ気たっぷりのウィンクにポップも優しく微笑する。


「ありがとうございます先生……俺いつもそうなんです……想いを寄せている相手につい心ない言葉をぶつけちまって………」


 ポップがそう言って俯く。


「マァムならきっとわかってくれますよ、彼女も私の弟子ですから……真剣にあなたの事を考えてくれますよ……」


 ポップはアバンのその言葉の一つ一つを噛み締めた。そして、マァムの笑顔を思い浮かべる。


「先生…俺……本当にマァムが好きです……」


 照れも恥じらいも何も感じることなく、本当に自然とポップの口からマァムへの想いが零れた。


「ええ……」


 ポップがアバンの目を見ると優しく穏やかな瞳で微笑んでいてくれた。澄んだその瞳はポップの胸に清々しい風を運んだ。


「先生、ランカークスに帰る前に少しだけ時間貰えませんか?」


「……?構いませんがどうしたのですか?」


「マァムに……手紙を書こうと思って……なんか、まだ会って話すより手紙の方が良いかなって……そんなの書くの初めてなんですけど……」


 ポップは少しだけ照れながら言う。


「それはとても良いと思いますよ、少しでも気持ちが伝われば心も軽くなるでしょう」


「アイツがどう受け取ってくれるかわからないけど……今の俺の全てを伝えるつもりで書きます……それで、その……」


「わかりました。書き上げたら私に預けて頂いて構いませんよ、出発前にマァムに渡しておきます」


「ありがとうございます」


 ポップはアバンに頭を下げるとアバンはポップの肩に手を置いて、顔を上げるポップにもう一度優しく微笑み頷いた。


 


 コンコン!


「はい……」


 朝食後に部屋でネイル村に帰る為の荷造りをしていたマァムは扉をノックする音に応えた。


「私、レオナだけど……少し良い?」


「あ……う、うん……どうぞ……」


 レオナが扉を開けるとマァムはやはり冴えない表情でベッドに佇んでいた。


「マァム……先ずは謝らせて……本当に昨日はごめんなさい!!」


 レオナは誠心誠意心から頭を下げた。大切な親友で、仲間で、そして同じアバンの使徒でもあるマァムをいくらパーティーの催しと言え自分の浅はかな考えでこれ程までに傷付けてしまったのだ。


「ううん、レオナは悪くないわ……元々私がポップを怒らせちゃったんだもの……」


「でも、昨日も言ったけどあなたはもっと自信を持っていいの!あなたにポップ君が怒ったのはあなたに自分をもっとわかって欲しいって思ったからじゃないの?つまりあなたを求めているんじゃない?」


「私を……でも、でも……私はまた……ポップを……」


 マァムは昨日のポップの項垂れて走り出す背中を思い出していた。


「それについては……私もポップ君にちゃんと謝るわ……」


「え……?」


 マァムはレオナの顔をみる。するとレオナは申し訳なさそうな顔をしながらも言う。


「そして、あなたの今伝えたい事をポップ君に伝える……ううん、伝えさせて欲しい……!」


「レオナ……?」


「そんなことだけであなた達への償いが果たせるとは思えない……でも何か今あなた達に出来る事をしたいの……」


「………」


 レオナの言葉にマァムは俯くとその膝の上で強く自分の手を握り締める。そして、その手には一つ、二つと涙が零れ落ちた。


「マァム……」


「ありがとう……ありがとう……レオナ……私…私……本当にポップに背を向けられるのが怖くて……顔を合わせても……もしまた、背を向けられたらと思うと……どうしていいのか……わからなくて……」


 ポップの事で、これまで何度も何度もマァムは涙を流してきた、ダイを見捨てようとした彼に失望したあのロモスの時も……キルバーンの罠でポップが絶体絶命に陥った時も、そして……あのバーンにポップが人間の尊さ、価値、誇りを命の底から叫んだ時も……


 


  『閃光のように…!!!』


 


 そう、確かに何度も泣かされた、だが、それ以上に彼はマァムを支えてくれた。どこかで彼を守っているつもりだったのにいつの間にかポップの存在を頼りにしていた。つまり、ポップが自分を守ってくれていたのだ。


 やがて、マァムは涙を拭い前を向いた。


 マァムは自分の涙の意味をようやく理解した。


 マァムはその心の内の最も大切な部分にいつでもポップがいたことを改めて思い出していた。


「マァム……?」


 レオナはまだ心配そうな顔をしているが、マァムの顔はみるみる変わっていく。


「もう……なんでアイツはいつもいつも私を泣かすのよ……フフ……」


 マァムの顔には優しい笑顔がある。レオナはその笑顔で安堵の涙を流す。


「マァム……マァム……良かった……ホントに……」


 今度はレオナが涙を流しながら、マァムの手を強く握る。レオナは自分の罪を本当に重く感じていたのだ。それ故にマァムが今見せてくれた笑顔が本当に嬉しかった。


「レオナ……ありがとう……あなたのおかげよ……」


「マァム……」


「あなたの一言一言は本当に私に大切な事を気付かせてくれる……これからも大切な大切な……親友でいてね……」


「うん、勿論よ!!!」


 マァムとレオナはお互い笑顔で抱き締め合った。深い深い友情を感じ合った。そして……


「さっきね……朝食前にメルルさんが来てくれたの……」


「メルルが……?」


「うん、その時にダンス会場にポップを連れて来た事を謝ってくれたんだけど……」


「うん……」


「でも、メルルさんはポップに私から逃げて欲しくないって思いで彼をあの場に連れて来たって聞いて、彼の為に行動をしたメルルさんに対して私、その時にもしかしたらポップの隣には私よりメルルさんの方が相応しいのかも知れないと思ってしまったの……」


 マァムは正直にその時の気持ちをレオナに語った。


「そうだったの……」


 レオナは重く頷く、しかしマァムの表情は対照的だった。


「でもね……私、やっぱり負けたくない!」


「マァム……うん!そうね!でもメルルもそう簡単には引き下がらないわよ!」


「ええ、受けて立つわ!」


 コンコン!


「……!?」


「……!?」


 突然のノックに二人は驚いた。


「は、はい!?どうぞ!」


 マァムが声を上げて応えると……


「あの……マァムさん……」


 扉を開けて顔を覗かせたのはメルルだった。


「メルル……!?」


「メルル……!?」


 メルルはマァムとレオナが同時に声を上げた為、やや驚いた。


「ど、どうされたんですか!?お二人とも!!」


「う、ううん!ところでどうしたの?」


「あの……今朝のマァムさんの様子がどうしても気になって……」


 マァムが慌てて訊ねるとメルルは今朝のマァムの事が気掛かりで再度訪ねたという事だった。


「そうだったの……ごめんなさいね……心配させちゃって……」


「いえ……私の方こそ……余計なことを……」


「余計なこと?」


 レオナが怪訝に思い訊ねる。


「昨日の事もそうですし、今朝も何か余計なことを言ってしまったのかと……」


 マァムとレオナは顔を見合わせるそして……


「そうね、余計なことをしたわね……」


 レオナがメルルに強い視線を作って向ける。


「ひ、姫様……!?」


「だって、あなたは強力なライバルにまた火を点けちゃったのよ?」


「え……?」


「昨日、あなたがポップ君をダンス会場に連れて来ちゃったからヒュンケルとマァムのダンスをみて背を向けていくポップ君を彼女はまた追いかけたくなっちゃったんだもの!」


「えーーーー!?」


「えーーーー!?」


 レオナの絶妙?な作り話にマァムもメルルも声を上げる。


「なによそれは!?」


「あら、だってポップ君を男として自分に振り向かせたいんじゃないの?」


「そ、そうなんですかマァムさんっ!?まさかそこまでポップさんの事を……!?」


 メルルも驚いてマァムに訊ねる。


「えー!?あ、いや……その……えと……」


 マァムは顔を真っ赤にしてしどろもどろになる。


「私も負けませんから!!マァムさん!!」


「メ、メルル!!わ、私だって!!負けないわよ!!」


 マァムとメルルは勇ましく力むが、そんなお互いの姿に思わず吹き出して笑顔を交わした。


「フフフ!」


「フフフ!」


「さぁ~て~♪まだまだこれから面白くなりそうな展開♪」


 レオナがニヤニヤしながら楽しげに呟くと……


「姫様っ!!!」


「レオナっ!!!」


 レオナは真剣にポップを想う二人に雷を落とされた。


 だが、三人はすぐに笑顔の花を咲かせる。それぞれがそれぞれを思い、互いの失策や患う心を癒し合う。マァムもレオナもメルルもそれぞれは違う人格であっても、こうして笑い合える関係性をずっとずっと大切にしていきたいと心から感じている笑顔だった。



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✦作者コメント✦

 


 我ながら良い話しになってホッとしました 先ずは、やはりアバンですね。優しく語り掛けるだけで、彼は全てを包み込んでくれるような暖かさがありますから、それにポップを少し甘えさせてみました。アバンは本編でポップに厳しく接する時もありますが、優しく彼を心から信頼している描写もありましたので、本当に素晴らしい人格者であり、優れた家庭教師(笑)ですよね。

 さて、三人娘ですね いい関係です ✌️最後にも書いてますが、互いに支え合っていける素敵な関係性をなんとか表現しようと考えていまして、今回そんなところが書けて本当にホッとしております。マァムとメルルはどう決着するのか?ダイを失ったレオナを二人はどうやってこれから支えていくのか?まだまた、書き手の課題は尽きませんが、頑張ります  ❗

出立



  


  ─醜い姿─


 


 翌朝早く、アバンとポップはレオナの執務室に向かって長い廊下を歩いていた。アポロから早朝からレオナが執務室で仕事をしていると訊いたからだ。


「それにしても姫さん、どうしてまたこんな朝早くに?」


「昨日までの姫ではないという事なのでは?」


 アバンがそう言いながらアポロの方をみると彼は恐縮しながら頷いた。


「昨日は色々と姫様がはしゃぎ過ぎまして申し訳ありませんでした……」


「なぁにパーティーですから国主自ら楽しむのも良いことですよ♪お身体は大切にして頂きたいものですが……」


 アバンもアポロも昨日の酔い潰れたレオナを思い出している。


「昨日のパーティーで何かあったんスか?」


「いえいえ何もありませんよ、レオナ姫もパーティーを楽しんだだけです、ねぇアポロさん」


「え、ええ……あ、それでは……」


 レオナの酔っ払い事件?を知らないポップの問いにアバンは笑顔で誤魔化すとアポロは慌ててレオナの執務室の扉をノックした。


「はい、どうぞ!」


 中からレオナのよく通る声がした。


「失礼します、レオナ姫申し訳ありません朝早くに……」


「アバン先生!それにポップ君も……!?」


 レオナはてっきりアポロか誰かと思っていた為、アバンとポップが揃って顔を覗かせた事に驚いていた。


「どうしたの?ポップ君まで朝から……」


「ああ、ちょっと急で悪いんだけどさ……今日アバン先生がカールに帰るついでに俺もランカークスに帰ろうかなって……」


「え!?ポップ君も!!」


「ええ、昨夜の内にお話しすべきだったのですが……」


 アバンが言うと……


「あ、ごめんなさい!アバン先生がカールに戻られるのは勿論わかっていたけど故郷に帰るって言い出したのは二人だけじゃないのよ……」


「え?」


「え?」


 レオナの言葉にアバンもポップも顔を見合わせた。


 


「マァムさん!ネイル村に帰られるんですか!?」


 メルルは昨日の事もあり、心配して朝早くにマァムの部屋を訪ねていた。


「うん……一度母さんや村のみんなの顔もみたいし……それに……」


 マァムの顔は昨日のあのダンス会場で逃げるように駆け出した時と同じ様に沈んだままだった。


「……ごめんなさい……私……なんです……」


「え……!?」


 メルルの言葉にマァムは顔を上げるとメルルもまた俯いている。


「私が、ポップさんをダンス会場に無理に連れて来てしまって……」


「メルルさんが……?」


「ポップさん、マァムさんがヒュンケルさんと踊る事を知って会場に向かうのを躊躇っていたんです……でも、ポップさんには私……どうしても逃げて欲しくなくて……後先も考えずにあんな事を……でも、でも……結局……こんな形でお二人を傷付けてしまうことになってしまって……」


 メルルは涙を溢れさせながら自分の勝手な行動を心から後悔していた。しかし、マァムはそんな彼女をとても責める気持ちにはなれなかった。


「そうだったの……ううん、あなたの所為なんかじゃないわ……元はと言えば……私がポップを怒らたのがいけないの……どうして、どうしていつも私はこうなんだろう……」


 今度はマァムが涙を浮かべている。大切な人の気持ちを解って上げられない未熟な自分自身が心底腹立たしく、情けなく、いたたまれなかった。


「ポップさんが何か怒っているんですか……?私にはそうは見えなかったですけど……」


 マァムはメルルに一昨夜の事を話し、メルルは真剣に耳を傾けた。


「ポップの言う通りよね……私はちゃんと気持ちを定めていたつもりだったのに……彼がヒュンケルの事を言い出した時、私ははっきりと彼にヒュンケルに対する気持ちを言い出せなかった……」


「ポップさんの気持ちもわかりますけど、でもマァムさんはもう……」


「うん、だから……ちゃんと話さなくちゃいけないのに……ポップにちゃんと話せるのか……ううん、違うわね……嫌われるのが……こんなに怖いなんて……」


 マァムは膝の上で強く手を握りしめながら震えている。メルルはマァムのポップに対する気持ちが垣間見えるようだった。


「ポップさんがマァムさんの事を嫌いになるはずありませんよ!だってあの時に躊躇っていたのは……ただヒュンケルさんとのダンスを見たくなかっただけじゃないと思うんです……」


「え……?」


「ポップさんも、マァムさんと同じ気持ちだったんじゃないでしょうか……?」


「どういうこと……?」


 マァムはメルルの言葉の意味を問い質す。


「ポップさんもマァムさんに嫌われたくなかったんじゃないでしょうか?ヒュンケルさんと踊るマァムさんを見たら……醜い自分をマァムさんにみせてしまうって……思ったのかも知れません……」


「醜い……!?」


 マァムはメルルのその一言で気付いた。自分自身もそうだ……ヒュンケルに限らず誰かと踊る姿をポップにだけはみられたくなかった……だから一度はダンス大会の不参加を申し出たのだから……つまり、マァムはポップが望まない自分を見せたくなかった……そして、ポップも……


「実は……私も……そう感じた事があるんです……」


「メルルさんも……?」


 メルルはコクリと頷いて過去にザボエラがマァムに化けてポップの前に現れた時に、自分自身の中に生まれた醜い感情を思い出していた。


「ダイさんのお父様バラン様との戦いが終わった後、偽物ではありましたが、ポップさんが嬉しそうにマァムさんとの再会を喜んでいる姿を見て、私……嫉妬したんです……でも、すぐに後悔してそこから駆け出しました………今思うとそんな醜い感情を一瞬でも抱いてしまった自分をポップさんにだけは知られたくなかったからだと思うんです……」


 マァムはメルルの気持ちがよくわかった。醜い自分……ポップが望まない自分をみせてしまった…だとしたら自分はポップに本当に相応しい存在になれるのだろうか……もしかしたら目の前にいるメルルの方が、彼に相応しいのかも知れない……メルルがポップをダンス会場に連れ出したのも、彼に逃げて欲しくないというポップの為を思っての行動だ。それなのに……自分は綺麗な衣装で着飾ってヒュンケルと踊っていた……メルルはポップの為に彼の勇気を信じて行動を起こしていたのに……


「そう……ね……」


 マァムはメルルから目を逸らす様に俯いて言った。


「マァムさん……?」


「ごめんなさい……少し一人にさせて……」


「え……あ、は、はい……」


 メルルは突然のマァムのただならぬ雰囲気に圧される様に席を立った……部屋を出る為に扉を開けようとした時にそっと振り返ると……マァムは俯いたまま何かを考え込んでいる様だった……


 部屋を出て扉を閉めるとメルルもまた、力なく俯いた。


「私って……なんて無力なんだろう……マァムさんの気持ちをわかって上げられない……どうしたら……ポップさんもマァムさんも助けて上げられるのか……」


 ゆっくりとその歩を進めて行くとメルルはいつの間にか一人中庭を眺めていた。昨日ヒュンケルの為にこの中庭近くの礼拝堂でエルフの住処の場所を占ったのだ。


「未来を占う………今どうしたら良いのかわからないから……占いがあるのに……私は何の為にこんな力があるの……?」


 ポップとマァム……今、この目の前の大切な人達を救えない自分がメルルはとても、もどかしかった……


 


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✦作者コメント✦ 



 このシーンはマァムとメルルの関係性を少し濃く表現しようと思い書いてみました。自分は女性ではないので、女性達がこういう場合にどんな会話をしたりするのかは全くわからないので完全に想像という感じですが、キャラクターの性格からメルルならこう、マァムならこうかなぁ~という感じです。また、サブタイトルにもある醜い姿を好きな人には見られたくないとう感情は女性に限らず男にもあるモノなので、それぞれのキャラのそんなところも伝わってくれてればいいですね。そういう一つ一つの試練を乗り越えてきっと彼等も幸せを目指すのでしょう。

アバンのけじめ


  


  ─師との宵─


 


 夕暮れから夜の闇に空の表情が変わる頃、アバンはマトリフの岩屋に足を運んでいた。


「ポップ?いますか?」


 入り口付近で中にいるポップに声を掛ける。


「ん?先生……?」


 ポップが腰を上げて入り口に向かうとアバンが笑顔で待っていた。


「すいませんポップ………今、大丈夫ですか?」 


「はい、あ、そうだ!師匠から先生とも色々これからの事を話しとけって言われてたんだ……すみません…」


「こちらこそ、あなたが目を覚ました日以来、殆どまともに話しも出来なくて申し訳ありませんでした……」


「仕方ないっすよ、姫さんと今後のパプニカやカールの事で忙しかったんスよね、師匠から訊いてます……そういえば今日のパーティー終わりでカールに帰るんじゃなかったんですか?」


 ポップはレオナから事前にアバンが今日カールに帰る事を訊いていた。


「そのつもりでしたが、少し気になることがありまして……それに、やはりけじめをつけなければいけないと思いましてね……」


「けじめ……?」


「ええ……ポップ、少し歩きませんか?」


 アバンは真剣な目でそう言ってポップを夜の浜辺に連れ出した。


「どうしたんですか?先生……」


 浜辺を二人で歩きながらポップはなんとなくいつもと違うアバンの様子が気になった。


「あなたとはゆっくり話さなければならないと思っていた事は事実なのですが……ポップ……」


 そう言ってアバンはポップに向き直ると姿勢を正したままゆっくりとその頭を下げた。


「せ、先生っ!!な、なんですか急に……!?」


 師であるアバンの突然の所作にポップは驚きと戸惑いを隠せない。


「あなたには、いえ……あなたとあなたのご両親には私は非常に申し訳ない事をしました……」


「お、俺と……俺の……両親に?ど、どういうことッスか!?」


 アバンはゆっくりと頭を上げると語り出した。


「私が弟子とした子達は、例えばヒュンケルはかつて魔王だったハドラーがその支配を広げていた戦時下において、身寄りの無い子をバルトスというモンスターが拾い育て上げた云わば本当の両親のいない子でした。また、マァムはご存知の通りかつて私とパーティーを組んでいた、戦士ロカと僧侶レイラとの間に生まれた子です。そして、ダイは竜の騎士バランと今は無きアルキード王国の姫ソアラ様との間に生まれた子であり、後にデルムリン島に流れ着いた彼をブラスさんが育て上げました……」


 アバンは自身の弟子の生い立ちを一つ一つ話していく。


「そして、あなたはランカークス村で武器屋を営むご夫婦の元に生まれて大切に育て上げられた子です……」


「そ、そうっスけど……それがなんなんですか?」


 ポップはアバンの真意を図りかねて訊ねる。


「………」


「……?先生?」


 黙り込むアバンにポップは再度訊ねた。


「私はあなたの大切なご両親から、一時とは言え、あなたを切り離してしまいました」 


「……!?……な!?何言ってるんですか!!俺が勝手にアバン先生に憧れて勝手について行って!!勝手に家出したんですよ!!先生は何にも悪くないじゃないですかっ!?」


 ポップはアバンの言葉に強く返しながらもその実、複雑な気持ちを抱いていた。悲しみでもない怒りでもない、しかし到底納める事の出来ない感情の発露がアバンに向けられた。


「ポップ……私はあなたには本当に感謝しています……いえ、どんなに感謝してもしきれない位なのです……」


「先生……?」


 ポップの気持ちを落ち着かそうとアバンは穏やかな口調でそう言ったかのようだったが、アバンの口から出た謝意には深いワケがあった。


「私はあなたやダイの前にヒュンケルとマァムに私が持ち合わせた、あらゆる術を教え伝えて来ました。しかし、マァムに卒業の証であるアバンのしるしを渡してから、その後の数年の間は世界中を旅してまわるだけでした……」


 アバンはそう言ってポップを促し一緒に砂浜に腰を下ろす。


「色々な街を巡り、様々な笑顔に出逢い、とても良い旅となりました。しかしそれでも私は、ある理由からずっと心に穴が空いていたのですよ……」


「心に穴……?先生がですか?」


 アバンのその意外な言葉にポップは怪訝な表情をみせた。アバンはゆっくりと頷くと日が既に落ち紫色と夜の闇色が浮かぶ水平線の境目に視線を向けながら再び口を開いた。


「ロカの事は知っていますよね……」


 その視線はまだ、水平線に向けられている。


「はい……マァムの父ちゃんですよね……それに……先生の……」


 ポップは何かを感じたのかその先を口にはしない。


「ええ……大切な大切な……親友です」


 アバンは目を細めて脳裡にこびりついたロカとの場面を思い浮かべる。


「彼と出逢った頃、始めは彼の強引さや空気の読め無さに多少戸惑いは感じましたが、やがて不思議と馬が合いましてね、彼はカール騎士団の中でも群を抜いて強く豪快な男でしたが、本当に一緒にいて楽しく、またとても頼りがいのある男でした」


「マァムを見てるとおばさんよりそのロカさんに似ているのかなぁって……まぁロカさんには会ったことないスけど……」


 ポップはマァムに常々殴られ続けて来た為、優しくおしとやかなイメージのレイラよりアバンが言う豪快な戦士のロカとマァムを思い浮かべた。


「フフフ、でもあなたがマァムにちょっかいを出して小突かれてるのは自業自得でしょう?」


「ま、まぁそうッスね……」


「私からみたら丁度半々ですかね?レイラの優しさもロカの強さもまた逆にロカの優しさもレイラの強さもマァムはちゃんと受け継いでいますよ」


「おばさんみたいな優しいおしとやかなマァムね~あんま想像出来ないけど……」


 ポップは苦笑しながら言うとアバンも柔らかく顔を綻ばせた。


「あ、すいません!ロカさんの話しですよね?」


 話の腰を折ったポップが詫びるとアバンはニッコリ笑って再び語り出した。そして、少し寂しげな雰囲気をその澄んだ瞳に浮かべる。


「ええ……では、話の続きを……ロカがもうこの世にいないという話はマァムからも訊いているかと思いますが、私の心に穴が空いてしまった理由はそこにあります……」


 目蓋を閉じ何かを祈るかのように眉間に深い皺を寄せるアバンにポップは何も言えなかった。そして、同時に今の自分の心にもポッカリと穴が空いていた事に気付いてしまった。


「あなたもきっと……そうじゃありませんか?」


 アバンはそんなポップの胸の内に気付いて悲しげな瞳のまま、それでも優しく問い掛けた。


「………やっぱ、先生には敵わないっスね……そうです……ダイが空に消えて頭では俺やみんなを守りたかったアイツの行動を理解出来ても……やっぱ……」


 ダイに対するわだかまりはマトリフにも指摘された事……大魔道士の師である彼には帰って来たらぶん殴ってやれ!と、発破を掛けられた。ポップもその言葉で吹っ切れたのも事実……だが、本当にこの心の穴が埋まるのはダイの帰還が成されたその瞬間しかないことはわかり切った事だった。そして、アバンは自分自身も親友であったロカを失った過去があった為、きっと自分の気持ちに寄り添おうとしてくれているのだとポップは感じた。


「大切な存在が突然消えてしまう事ほど、不幸な事はありませんよ……」


 アバンの瞳には涙こそ浮かんでいなかったが、その輝きの意味は深い悲しみに満たされていた。


「ですが、私が皆に言ったことも決して嘘でも励ましの為の詭弁でもありません」


「え……?」


「ダイは必ず、必ず、帰ります!この地上に必ず帰って来ます!!」


「先生……」


 ポップは本当に不思議だった。と、同時にこの人物に師事して来た事に心から誇りを感じた。不思議な程にこのアバンという人の言葉には力を貰えるのだ。マァムと出逢った頃に彼女が涙を流しながらアバンの事を思い出していた意味が本当によくわかった。


 が、だからこそ……ポップはそんなアバンとかけ離れた印象を受ける先刻の言葉が気に掛かった。


「あ、あの……先生……」


「……?どうしましたポップ……?」


「さっきのあの言葉は……けじめとか……俺の両親に謝らなければならないって……」


「すみません、そうでしたね…回りくどくなってしまい申し訳ありません……あなたのご両親にもそして、あなたにも私は一人の大人としてけじめをつけなければいけないと思うのです」


「………?」


 ポップは怪訝な表情をみせる。


「いくらあなたが自分勝手に私に着いて来たとは言っても、それを止めずに私があなたと一年以上も旅をして来たのは事実です。だとすればご両親はたった一人の大切な子供が見ず知らずの人間に連れ去られた気持ちになり心配されるのも当然です!」


 アバンの言葉は強かった。そして、それは紛れもなく一人の人間として大人としてポップの両親であるジャンクとスティーヌの気持ちに向き合った言葉だった。


「あなたも子供を持てばご両親の気持ちがわかります……と言っても私にも子供はいませんが、それでも大切なあなた達がいます……」


「先生……」 


 アバンの言葉の意味……そして、その気持ちをポップは深く受け止めていた。その証にポップの目には自然と涙が溢れている。


「俺……ダイの剣を探していた時に一度ランカークスに戻ったんです……」


「ええ、そこでロン・ベルクさんとも出逢ったんですよね……」


「はい、それでその時に実家に帰って……母さん……泣いていました。親父にはコテンパンにされたけど……でも、なんか嬉しかった……母さんにも親父にも本当に悪いことをしたと思いました……でも、やっぱり顔がみれてどこか安心したんです……」


 ポップは、あの時図らずもランカークス村に帰った時の事を振り返った。


「それが家族の暖かさなのですよ……だからこそ私はあなたのご両親に逢ってあなたの前で頭を下げ、けじめをつけなければいけないのです……なので明日、一緒にランカークス村へお願い出来ませんか?大切なあなたのご両親を私にも大切にさせて欲しいのです……ポップ……」


 アバンは改めてポップの目を真っ直ぐ見つめて言った。


「わかりました……」


「ありがとうございます……それと、さっき私はロカを失ってずっと心に穴が空いていたと言いましたが、あなたと出逢ってからあなたの奔放さや無邪気さに振り回されている内にいつの間にかロカと出逢った頃を思い出して不思議と心の穴が埋まっていました」


「えっ……?」 


「だからこそ私はあなたに、あなたとの出逢いに感謝しているのですよ……ポップ……私の心を救ってくれて本当にありがとう……」


「先生……」


 ポップの瞳から再び涙が溢れた。


「おやおや……」


「もうっ!何度も泣かせないで下さいよっ先生……!」


「ハハハ、そんなつもりはなかったんですが……」


「俺だって先生には感謝してもしきれないくらいなんですから!それに、ダイにも姫さんにもヒュンケルにもそして、アイツ……」


 ポップの脳裡に再び昨夜のマァムの涙が浮かぶ。


「マァムにも……」


 アバンは今、ポップが抱えているもう一つの心の穴にも気付いていた。そして……


「ポップ……明日、ランカークスに帰ったらあなたの今の心の中にあるわだかまりをご両親に話してみてはどうですか?」


「え……!?」


「特にお母様は、きっと力になってくれますよ……女性の事は女性に訊ねるのが良いかと思いましてね♪」


「な!?なんですかそれ……!?」


 ポップはアバンの突然の言葉に戸惑う。


「フフ、本当にあなたはわかりやすいですね~」


「な、なんの事だか……」


 ポップは今更惚けているがアバンはまた、その姿を微笑ましくみていた。


「大丈夫ですよ……あなたも……そしてマァムも……私の自慢の弟子ですから!」


「せ、先生……ハハ……やっぱ先生には敵わねぇや……」


 すっかり日は沈み夜の闇が辺りを包んでいた。アバンとポップがふと見上げた空には星の宴が広がる。昨夜のマァムとみた星空とは少し違う見え方だけど、ポップは静かに目を細めた。


 


そして、同じ刻……自室の窓からマァムもその星空をその瞳に映していた。


 二人で見たあの星空を……


 


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✦作者コメント✦



 ポップとアバンは約一年程、ダイと出逢うまでは二人で旅をしていました。その時の二人を書いてみようかと想像していた時にアバンがポップと出逢った意味をこういう形で表現したいと思いました。親友であるロカを失ったアバンも心に空虚感を感じていたと思い、ならば同じ様に親友を失ったポップに、アバンの心を癒す役目を宛がってみようと考えました。つまり、親友ロカを失った自分を救ってくれたポップに今度は、親友ダイを失ったポップの心を救うのがアバンの恩返しでもあったというワケです。更に、けじめという部分はやはりジャンクとスティーヌに対しての大人としてのアバンの姿勢をしっかりポップにも示す事が、ポップにとっても大切な事でもあると感じたので、このエピソードを書きました。個人的にはこういう語り合い系の話はとても好きなんですよね ✌️