乙女の決意 Ⅱ
─宵の語り 二人─
夕食後、食堂でメルルが配膳係と共に後片付けをしているとマァムが声を掛けた。
「メルルさん、私も手伝うわ」
「マァムさん!」
メルルは突然マァムに声を掛けられ驚いた。
「そんなに驚かなくても……」
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたものですから……」
「考え事?」
「え、ええ……」
メルルはポップの事を考えていたとは言えず言い淀んだ。
「そういえば、こうしてゆっくりと二人きりで話すことなんてなかったわね」
「そうですね、マァムさんとはポップさんの故郷のランカークス村や破邪の洞窟でご一緒したけど、二人きりは………!?」
(「二人きり…っ!?マァムさんと今、私は二人きりっ!?ど、どうしよう……急に緊張してきた!」)
二人は手早く後片付けを済ますと、食堂から上階のバルコニーがある部屋に移動した。レオナからは好きに使って良いと言われていた部屋だ。
部屋に入るとマァムは窓を開けて風を入れた。
「いい風……メルルさん大丈夫?寒くない?」
「あ、は、はい、気持ちいい風ですね……」
春の夜風が柔らかく二人を包み込むとメルルの緊張も少し和らいできた。
「ポップと同い年なのよね?メルルさん」
「え!?あ、ああ……は、はい!そうですね」
「私は一つ年上だからかな……ポップの事、手の掛かる弟みたいに感じていたのよね……」
マァムは優しく語っていたが、どこか申し訳なさそうにしているようにも見えた。
「ポップさんの良さって、人懐っこいところがありますよね。誰とでもすぐに仲良くなるっていうか……」
「う~ん、私と初めて会った時はいきなりケンカしちゃったけど……」
「そうなんですか!?」
「ま、まぁ今思えば私も余計なこと言っちゃったから……メルルさんは?」
「え!?私ですか!私はベンガーナの街中で魔王軍のドラゴンが襲ってきた時でした……」
「大変な時だったのね……」
「はい、でもポップさんの良さを知ったのはそれから私達の故郷のテランにご案内してからでした」
「そのテランで知ることになったのよね……ダイが竜の騎士だったことを……」
「はい……」
二人は空に消えた勇者の事を思い浮かべていた。そして……
「でも、その時にポップさんは、ダイさんが何者だって構わないって、自分達は何があっても友達だって……涙を溢しながら言っていました」
「そう……そうだったの……」
メルルはマァムの様子を伺う様にそっと視線を向ける。マァムは伏し目がちに何かを考えているようだった。
「そんな大変な時に私はダイとポップの側にいれなかったのね……」
「マァムさん……」
メルルはいたたまれない表情でマァムを見つめる。すると、マァムはメルルに向き直って言った。
「ありがとうメルルさん、そんな中で二人を支えてくれて……あなたがいてくれて本当に良かったわ!」
「そ、そんな私なんて!何のお役にも立てなくて……」
「そんなことないわよ、レオナだってきっと助かったと思うわ」
「……実は先ほどアバン様からも同じ様に言われました……マァムさんもやっぱりアバン様のお弟子さんですね」
「……でも、私ね二人にその時の……ダイのお父さんのバランとの戦いの話を聞いた時ね、ちょっとだけ思っちゃったの……」
「え……?」
「どうして、あの時二人の側で支えて上げられなかったんだろうって……」
「そ、それは!マァムさんはその頃……!」
「うん、わかってる……あの時は私もブロキーナ老師の元で武闘家としての教えを受けていた最中だったから。でもね……やっぱり少し申し訳ない気持ちになったの……それに……」
「………それに?」
俯くマァムの表情はより悲しみが籠っていた。みると、その手を強く握り締めている。
「ポップがその時に……命を落としたって……」
「!?」
メルルはその時に気付いた。マァムはその事を強く悔やんでいたのだ。実際マァム自身があの場にいても、状況が変わっていたのかどうかはわからない。しかし、少なくともポップは命を捨ててまでバランにメガンテを仕掛けなかったのではないか?何故かメルルにはそう思えてならなかった。
「それは、マァムさんがいたらそうはならなかったって事ですか?」
メルルはそう口にしながら自分はなんて嫌な事を言ってるのだろうと思ったが、止められなかった。
「それは……でも、もしポップがそうなる前に何かをして上げたかった………私にはどうしようもなかったかも知れないけど……」
「マァムさん……あの時は皆さん必死でした……ダイさんが記憶を消されてしまって、確かにどうしようもない状況でした。でも、ポップさんが命を捨ててまでダイさんの記憶を取り戻してくれたんだと、私はそう思えてならないんです……」
「ポップが命を賭けた意味があったってこと?」
「……そういうと、残酷な様に聴こえますよね……でも……」
マァムはメルルのその言葉に決して残酷さも冷たさも感じなかった。むしろ、メルルはポップの命を賭けたその姿に本当の強さを見たのだと思った。
「ううん、なんとなく解るわ、メルルさんの言いたいこと……その時にきっとあなたはポップの強さを知ったのね……命を賭けてでもダイを守ろうとしたその強さを……」
メルルは不思議な気持ちだった。どうして、こんなにもマァムという人は自分の気持ちがわかるのだろう?あのバランとの戦いの場にいなかったというのに何故なのか?
「どうして、わかるんですか?私の気持ちが……」
「あ、ごめんなさい、間違ってた?」
「いえ!その通りなんです!あの時に私は自分のポップさんへの気持ちを……!?」
そこまで、言い掛けてメルルは言葉を止めた。しかし……
「ポップの事が好きだって……気付いたのね……」
マァムの眼差しは優しかった。だからこそ、メルルは胸が苦しかった。ポップがマァムを好きになったのはきっとこの優しく暖かい眼差しに愛しさを覚えたのだと思った。そして、メルルのポップに対する気持ちが理解出来るのも…きっと………
「マァムさんは……ポップさんの事……」
メルルは意を決してマァムのポップに対する気持ちを訊こうと思ったが、どうしても声が小さくなってしまう……しかし、マァムの耳にはしっかりその小さな声は届いていた。
「好きよ……」
マァムも少し控えめにそう答えた。頬を赤らめながら……
「そう、ですよね……やっぱり……」
「うん、でもね……まだはっきりとは言えないの……」
「どうしてですか!?」
メルルは思いの外強い口調で言った。マァムも少し驚いたようだが、メルルに向き直って答える。
「資格かな……」
「資格……?」
「うん、ポップは私が想像していたよりも、ずっとずっと強くなった。ダイと最初からずっと一緒にあの大戦を戦い抜いて、バーンとの最後の戦いでも、二人でバーンに向かって行った……だから……私はそんな彼の傍にいる資格があるのかな?って思ってしまって……」
「そんな、ポップさんはそんなこと思ってないと思います!」
「………でもね、そこへいくとメルルさんは、ポップと意識が繋がっていたじゃない?本当に凄いなって思ったの……」
「確かに私も驚きました。ずっとポップさんの事を考えていたのも確かですし……私の占い師としての力もあったと思います……でも、私はそれでもまだまだマァムさんには敵わないって思ってますよ」
「私に?」
「そうですよ!だって……ポップさんが好きなのは……マァムさんなんですから……」
この時のメルルはしっかりとマァムの目を見ていた。勇気だった。振り絞った勇気をそのまま、目の前のマァムにぶつけたのだ。
「メルルさん…」
「でも、マァムさん!一つ約束して下さい……」
「え…?」
メルルはさっきよりもより強く、マァムをみつめるその眼差しに力を込める。
「私はそれでも、ポップさんを諦めません!だから、マァムさんも私に遠慮なんてしないで、ポップさんのとの事を本気で考えて下さい!」
マァムは目を見開いていた。自分に向けられたメルルのその強い眼差しとその言葉に驚きを隠せなかった。しかし、同時にその真っ直ぐな瞳から目を剃らすこともしなかった。
「……わかったわ。ちゃんと本気でポップとの未来を考えてみる……」
「はい……!」
ポップをめぐる上でライバルとも言える二人は何とも不思議な気持ちだった。しかし、お互いに笑顔を交わし合うと二人の心に清々しい風が吹いた。
春の夜風はいつの間にか止み、二人はバルコニーから夜空の星々を見上げる。大切な人との未来を思い浮かべながら………
二人はその清らかな胸の奥にその未来を見ていた………
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✦作者コメント✦
来ました!マァムVSメルル第1R!と、いう程この二人は臨戦態勢ではありませんが、原作での破邪の洞窟での女子会パーティーでこの二人の会話がなんだか好きで、レオナとは違ってまた、マァム、メルルの二人もなかなか微笑ましいなぁと思うんですよね。だから、この二人のシーンは特に大事に書きたいですね。例えるならレオナとメルルが姉妹ならマァムとメルルは親友という間柄としていきたいなぁと……さて、ポップに対する想いに関しては現時点ではようやくマァムがメルルに追い付いたという位置付けです。ただ、やはりマァムはメルルよりきっと積極的だろうし、しかも純粋にポップに真っ直ぐ向かっていける筈だと思っていますが、メルルの想いも決して負けてないワケで、そこら辺で紆余曲折というか、面倒くさい恋愛小説あるあるに入ってくるのかなぁ~と自分が書いてるのに不安になってる次第です……(-_-;)また、当然ヒュンケルやエイミも絡んでくる事柄ですし、更にポップ自身もダイがいない現状からその立ち回りも変化していきますから……やっぱり色々ややこしくなりますな~
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