アバンのけじめ
─師との宵─
夕暮れから夜の闇に空の表情が変わる頃、アバンはマトリフの岩屋に足を運んでいた。
「ポップ?いますか?」
入り口付近で中にいるポップに声を掛ける。
「ん?先生……?」
ポップが腰を上げて入り口に向かうとアバンが笑顔で待っていた。
「すいませんポップ………今、大丈夫ですか?」
「はい、あ、そうだ!師匠から先生とも色々これからの事を話しとけって言われてたんだ……すみません…」
「こちらこそ、あなたが目を覚ました日以来、殆どまともに話しも出来なくて申し訳ありませんでした……」
「仕方ないっすよ、姫さんと今後のパプニカやカールの事で忙しかったんスよね、師匠から訊いてます……そういえば今日のパーティー終わりでカールに帰るんじゃなかったんですか?」
ポップはレオナから事前にアバンが今日カールに帰る事を訊いていた。
「そのつもりでしたが、少し気になることがありまして……それに、やはりけじめをつけなければいけないと思いましてね……」
「けじめ……?」
「ええ……ポップ、少し歩きませんか?」
アバンは真剣な目でそう言ってポップを夜の浜辺に連れ出した。
「どうしたんですか?先生……」
浜辺を二人で歩きながらポップはなんとなくいつもと違うアバンの様子が気になった。
「あなたとはゆっくり話さなければならないと思っていた事は事実なのですが……ポップ……」
そう言ってアバンはポップに向き直ると姿勢を正したままゆっくりとその頭を下げた。
「せ、先生っ!!な、なんですか急に……!?」
師であるアバンの突然の所作にポップは驚きと戸惑いを隠せない。
「あなたには、いえ……あなたとあなたのご両親には私は非常に申し訳ない事をしました……」
「お、俺と……俺の……両親に?ど、どういうことッスか!?」
アバンはゆっくりと頭を上げると語り出した。
「私が弟子とした子達は、例えばヒュンケルはかつて魔王だったハドラーがその支配を広げていた戦時下において、身寄りの無い子をバルトスというモンスターが拾い育て上げた云わば本当の両親のいない子でした。また、マァムはご存知の通りかつて私とパーティーを組んでいた、戦士ロカと僧侶レイラとの間に生まれた子です。そして、ダイは竜の騎士バランと今は無きアルキード王国の姫ソアラ様との間に生まれた子であり、後にデルムリン島に流れ着いた彼をブラスさんが育て上げました……」
アバンは自身の弟子の生い立ちを一つ一つ話していく。
「そして、あなたはランカークス村で武器屋を営むご夫婦の元に生まれて大切に育て上げられた子です……」
「そ、そうっスけど……それがなんなんですか?」
ポップはアバンの真意を図りかねて訊ねる。
「………」
「……?先生?」
黙り込むアバンにポップは再度訊ねた。
「私はあなたの大切なご両親から、一時とは言え、あなたを切り離してしまいました」
「……!?……な!?何言ってるんですか!!俺が勝手にアバン先生に憧れて勝手について行って!!勝手に家出したんですよ!!先生は何にも悪くないじゃないですかっ!?」
ポップはアバンの言葉に強く返しながらもその実、複雑な気持ちを抱いていた。悲しみでもない怒りでもない、しかし到底納める事の出来ない感情の発露がアバンに向けられた。
「ポップ……私はあなたには本当に感謝しています……いえ、どんなに感謝してもしきれない位なのです……」
「先生……?」
ポップの気持ちを落ち着かそうとアバンは穏やかな口調でそう言ったかのようだったが、アバンの口から出た謝意には深いワケがあった。
「私はあなたやダイの前にヒュンケルとマァムに私が持ち合わせた、あらゆる術を教え伝えて来ました。しかし、マァムに卒業の証であるアバンのしるしを渡してから、その後の数年の間は世界中を旅してまわるだけでした……」
アバンはそう言ってポップを促し一緒に砂浜に腰を下ろす。
「色々な街を巡り、様々な笑顔に出逢い、とても良い旅となりました。しかしそれでも私は、ある理由からずっと心に穴が空いていたのですよ……」
「心に穴……?先生がですか?」
アバンのその意外な言葉にポップは怪訝な表情をみせた。アバンはゆっくりと頷くと日が既に落ち紫色と夜の闇色が浮かぶ水平線の境目に視線を向けながら再び口を開いた。
「ロカの事は知っていますよね……」
その視線はまだ、水平線に向けられている。
「はい……マァムの父ちゃんですよね……それに……先生の……」
ポップは何かを感じたのかその先を口にはしない。
「ええ……大切な大切な……親友です」
アバンは目を細めて脳裡にこびりついたロカとの場面を思い浮かべる。
「彼と出逢った頃、始めは彼の強引さや空気の読め無さに多少戸惑いは感じましたが、やがて不思議と馬が合いましてね、彼はカール騎士団の中でも群を抜いて強く豪快な男でしたが、本当に一緒にいて楽しく、またとても頼りがいのある男でした」
「マァムを見てるとおばさんよりそのロカさんに似ているのかなぁって……まぁロカさんには会ったことないスけど……」
ポップはマァムに常々殴られ続けて来た為、優しくおしとやかなイメージのレイラよりアバンが言う豪快な戦士のロカとマァムを思い浮かべた。
「フフフ、でもあなたがマァムにちょっかいを出して小突かれてるのは自業自得でしょう?」
「ま、まぁそうッスね……」
「私からみたら丁度半々ですかね?レイラの優しさもロカの強さもまた逆にロカの優しさもレイラの強さもマァムはちゃんと受け継いでいますよ」
「おばさんみたいな優しいおしとやかなマァムね~あんま想像出来ないけど……」
ポップは苦笑しながら言うとアバンも柔らかく顔を綻ばせた。
「あ、すいません!ロカさんの話しですよね?」
話の腰を折ったポップが詫びるとアバンはニッコリ笑って再び語り出した。そして、少し寂しげな雰囲気をその澄んだ瞳に浮かべる。
「ええ……では、話の続きを……ロカがもうこの世にいないという話はマァムからも訊いているかと思いますが、私の心に穴が空いてしまった理由はそこにあります……」
目蓋を閉じ何かを祈るかのように眉間に深い皺を寄せるアバンにポップは何も言えなかった。そして、同時に今の自分の心にもポッカリと穴が空いていた事に気付いてしまった。
「あなたもきっと……そうじゃありませんか?」
アバンはそんなポップの胸の内に気付いて悲しげな瞳のまま、それでも優しく問い掛けた。
「………やっぱ、先生には敵わないっスね……そうです……ダイが空に消えて頭では俺やみんなを守りたかったアイツの行動を理解出来ても……やっぱ……」
ダイに対するわだかまりはマトリフにも指摘された事……大魔道士の師である彼には帰って来たらぶん殴ってやれ!と、発破を掛けられた。ポップもその言葉で吹っ切れたのも事実……だが、本当にこの心の穴が埋まるのはダイの帰還が成されたその瞬間しかないことはわかり切った事だった。そして、アバンは自分自身も親友であったロカを失った過去があった為、きっと自分の気持ちに寄り添おうとしてくれているのだとポップは感じた。
「大切な存在が突然消えてしまう事ほど、不幸な事はありませんよ……」
アバンの瞳には涙こそ浮かんでいなかったが、その輝きの意味は深い悲しみに満たされていた。
「ですが、私が皆に言ったことも決して嘘でも励ましの為の詭弁でもありません」
「え……?」
「ダイは必ず、必ず、帰ります!この地上に必ず帰って来ます!!」
「先生……」
ポップは本当に不思議だった。と、同時にこの人物に師事して来た事に心から誇りを感じた。不思議な程にこのアバンという人の言葉には力を貰えるのだ。マァムと出逢った頃に彼女が涙を流しながらアバンの事を思い出していた意味が本当によくわかった。
が、だからこそ……ポップはそんなアバンとかけ離れた印象を受ける先刻の言葉が気に掛かった。
「あ、あの……先生……」
「……?どうしましたポップ……?」
「さっきのあの言葉は……けじめとか……俺の両親に謝らなければならないって……」
「すみません、そうでしたね…回りくどくなってしまい申し訳ありません……あなたのご両親にもそして、あなたにも私は一人の大人としてけじめをつけなければいけないと思うのです」
「………?」
ポップは怪訝な表情をみせる。
「いくらあなたが自分勝手に私に着いて来たとは言っても、それを止めずに私があなたと一年以上も旅をして来たのは事実です。だとすればご両親はたった一人の大切な子供が見ず知らずの人間に連れ去られた気持ちになり心配されるのも当然です!」
アバンの言葉は強かった。そして、それは紛れもなく一人の人間として大人としてポップの両親であるジャンクとスティーヌの気持ちに向き合った言葉だった。
「あなたも子供を持てばご両親の気持ちがわかります……と言っても私にも子供はいませんが、それでも大切なあなた達がいます……」
「先生……」
アバンの言葉の意味……そして、その気持ちをポップは深く受け止めていた。その証にポップの目には自然と涙が溢れている。
「俺……ダイの剣を探していた時に一度ランカークスに戻ったんです……」
「ええ、そこでロン・ベルクさんとも出逢ったんですよね……」
「はい、それでその時に実家に帰って……母さん……泣いていました。親父にはコテンパンにされたけど……でも、なんか嬉しかった……母さんにも親父にも本当に悪いことをしたと思いました……でも、やっぱり顔がみれてどこか安心したんです……」
ポップは、あの時図らずもランカークス村に帰った時の事を振り返った。
「それが家族の暖かさなのですよ……だからこそ私はあなたのご両親に逢ってあなたの前で頭を下げ、けじめをつけなければいけないのです……なので明日、一緒にランカークス村へお願い出来ませんか?大切なあなたのご両親を私にも大切にさせて欲しいのです……ポップ……」
アバンは改めてポップの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「わかりました……」
「ありがとうございます……それと、さっき私はロカを失ってずっと心に穴が空いていたと言いましたが、あなたと出逢ってからあなたの奔放さや無邪気さに振り回されている内にいつの間にかロカと出逢った頃を思い出して不思議と心の穴が埋まっていました」
「えっ……?」
「だからこそ私はあなたに、あなたとの出逢いに感謝しているのですよ……ポップ……私の心を救ってくれて本当にありがとう……」
「先生……」
ポップの瞳から再び涙が溢れた。
「おやおや……」
「もうっ!何度も泣かせないで下さいよっ先生……!」
「ハハハ、そんなつもりはなかったんですが……」
「俺だって先生には感謝してもしきれないくらいなんですから!それに、ダイにも姫さんにもヒュンケルにもそして、アイツ……」
ポップの脳裡に再び昨夜のマァムの涙が浮かぶ。
「マァムにも……」
アバンは今、ポップが抱えているもう一つの心の穴にも気付いていた。そして……
「ポップ……明日、ランカークスに帰ったらあなたの今の心の中にあるわだかまりをご両親に話してみてはどうですか?」
「え……!?」
「特にお母様は、きっと力になってくれますよ……女性の事は女性に訊ねるのが良いかと思いましてね♪」
「な!?なんですかそれ……!?」
ポップはアバンの突然の言葉に戸惑う。
「フフ、本当にあなたはわかりやすいですね~」
「な、なんの事だか……」
ポップは今更惚けているがアバンはまた、その姿を微笑ましくみていた。
「大丈夫ですよ……あなたも……そしてマァムも……私の自慢の弟子ですから!」
「せ、先生……ハハ……やっぱ先生には敵わねぇや……」
すっかり日は沈み夜の闇が辺りを包んでいた。アバンとポップがふと見上げた空には星の宴が広がる。昨夜のマァムとみた星空とは少し違う見え方だけど、ポップは静かに目を細めた。
そして、同じ刻……自室の窓からマァムもその星空をその瞳に映していた。
二人で見たあの星空を……
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✦作者コメント✦
ポップとアバンは約一年程、ダイと出逢うまでは二人で旅をしていました。その時の二人を書いてみようかと想像していた時にアバンがポップと出逢った意味をこういう形で表現したいと思いました。親友であるロカを失ったアバンも心に空虚感を感じていたと思い、ならば同じ様に親友を失ったポップに、アバンの心を癒す役目を宛がってみようと考えました。つまり、親友ロカを失った自分を救ってくれたポップに今度は、親友ダイを失ったポップの心を救うのがアバンの恩返しでもあったというワケです。更に、けじめという部分はやはりジャンクとスティーヌに対しての大人としてのアバンの姿勢をしっかりポップにも示す事が、ポップにとっても大切な事でもあると感じたので、このエピソードを書きました。個人的にはこういう語り合い系の話はとても好きなんですよね ✌️
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