出立
─醜い姿─
翌朝早く、アバンとポップはレオナの執務室に向かって長い廊下を歩いていた。アポロから早朝からレオナが執務室で仕事をしていると訊いたからだ。
「それにしても姫さん、どうしてまたこんな朝早くに?」
「昨日までの姫ではないという事なのでは?」
アバンがそう言いながらアポロの方をみると彼は恐縮しながら頷いた。
「昨日は色々と姫様がはしゃぎ過ぎまして申し訳ありませんでした……」
「なぁにパーティーですから国主自ら楽しむのも良いことですよ♪お身体は大切にして頂きたいものですが……」
アバンもアポロも昨日の酔い潰れたレオナを思い出している。
「昨日のパーティーで何かあったんスか?」
「いえいえ何もありませんよ、レオナ姫もパーティーを楽しんだだけです、ねぇアポロさん」
「え、ええ……あ、それでは……」
レオナの酔っ払い事件?を知らないポップの問いにアバンは笑顔で誤魔化すとアポロは慌ててレオナの執務室の扉をノックした。
「はい、どうぞ!」
中からレオナのよく通る声がした。
「失礼します、レオナ姫申し訳ありません朝早くに……」
「アバン先生!それにポップ君も……!?」
レオナはてっきりアポロか誰かと思っていた為、アバンとポップが揃って顔を覗かせた事に驚いていた。
「どうしたの?ポップ君まで朝から……」
「ああ、ちょっと急で悪いんだけどさ……今日アバン先生がカールに帰るついでに俺もランカークスに帰ろうかなって……」
「え!?ポップ君も!!」
「ええ、昨夜の内にお話しすべきだったのですが……」
アバンが言うと……
「あ、ごめんなさい!アバン先生がカールに戻られるのは勿論わかっていたけど故郷に帰るって言い出したのは二人だけじゃないのよ……」
「え?」
「え?」
レオナの言葉にアバンもポップも顔を見合わせた。
「マァムさん!ネイル村に帰られるんですか!?」
メルルは昨日の事もあり、心配して朝早くにマァムの部屋を訪ねていた。
「うん……一度母さんや村のみんなの顔もみたいし……それに……」
マァムの顔は昨日のあのダンス会場で逃げるように駆け出した時と同じ様に沈んだままだった。
「……ごめんなさい……私……なんです……」
「え……!?」
メルルの言葉にマァムは顔を上げるとメルルもまた俯いている。
「私が、ポップさんをダンス会場に無理に連れて来てしまって……」
「メルルさんが……?」
「ポップさん、マァムさんがヒュンケルさんと踊る事を知って会場に向かうのを躊躇っていたんです……でも、ポップさんには私……どうしても逃げて欲しくなくて……後先も考えずにあんな事を……でも、でも……結局……こんな形でお二人を傷付けてしまうことになってしまって……」
メルルは涙を溢れさせながら自分の勝手な行動を心から後悔していた。しかし、マァムはそんな彼女をとても責める気持ちにはなれなかった。
「そうだったの……ううん、あなたの所為なんかじゃないわ……元はと言えば……私がポップを怒らたのがいけないの……どうして、どうしていつも私はこうなんだろう……」
今度はマァムが涙を浮かべている。大切な人の気持ちを解って上げられない未熟な自分自身が心底腹立たしく、情けなく、いたたまれなかった。
「ポップさんが何か怒っているんですか……?私にはそうは見えなかったですけど……」
マァムはメルルに一昨夜の事を話し、メルルは真剣に耳を傾けた。
「ポップの言う通りよね……私はちゃんと気持ちを定めていたつもりだったのに……彼がヒュンケルの事を言い出した時、私ははっきりと彼にヒュンケルに対する気持ちを言い出せなかった……」
「ポップさんの気持ちもわかりますけど、でもマァムさんはもう……」
「うん、だから……ちゃんと話さなくちゃいけないのに……ポップにちゃんと話せるのか……ううん、違うわね……嫌われるのが……こんなに怖いなんて……」
マァムは膝の上で強く手を握りしめながら震えている。メルルはマァムのポップに対する気持ちが垣間見えるようだった。
「ポップさんがマァムさんの事を嫌いになるはずありませんよ!だってあの時に躊躇っていたのは……ただヒュンケルさんとのダンスを見たくなかっただけじゃないと思うんです……」
「え……?」
「ポップさんも、マァムさんと同じ気持ちだったんじゃないでしょうか……?」
「どういうこと……?」
マァムはメルルの言葉の意味を問い質す。
「ポップさんもマァムさんに嫌われたくなかったんじゃないでしょうか?ヒュンケルさんと踊るマァムさんを見たら……醜い自分をマァムさんにみせてしまうって……思ったのかも知れません……」
「醜い……!?」
マァムはメルルのその一言で気付いた。自分自身もそうだ……ヒュンケルに限らず誰かと踊る姿をポップにだけはみられたくなかった……だから一度はダンス大会の不参加を申し出たのだから……つまり、マァムはポップが望まない自分を見せたくなかった……そして、ポップも……
「実は……私も……そう感じた事があるんです……」
「メルルさんも……?」
メルルはコクリと頷いて過去にザボエラがマァムに化けてポップの前に現れた時に、自分自身の中に生まれた醜い感情を思い出していた。
「ダイさんのお父様バラン様との戦いが終わった後、偽物ではありましたが、ポップさんが嬉しそうにマァムさんとの再会を喜んでいる姿を見て、私……嫉妬したんです……でも、すぐに後悔してそこから駆け出しました………今思うとそんな醜い感情を一瞬でも抱いてしまった自分をポップさんにだけは知られたくなかったからだと思うんです……」
マァムはメルルの気持ちがよくわかった。醜い自分……ポップが望まない自分をみせてしまった…だとしたら自分はポップに本当に相応しい存在になれるのだろうか……もしかしたら目の前にいるメルルの方が、彼に相応しいのかも知れない……メルルがポップをダンス会場に連れ出したのも、彼に逃げて欲しくないというポップの為を思っての行動だ。それなのに……自分は綺麗な衣装で着飾ってヒュンケルと踊っていた……メルルはポップの為に彼の勇気を信じて行動を起こしていたのに……
「そう……ね……」
マァムはメルルから目を逸らす様に俯いて言った。
「マァムさん……?」
「ごめんなさい……少し一人にさせて……」
「え……あ、は、はい……」
メルルは突然のマァムのただならぬ雰囲気に圧される様に席を立った……部屋を出る為に扉を開けようとした時にそっと振り返ると……マァムは俯いたまま何かを考え込んでいる様だった……
部屋を出て扉を閉めるとメルルもまた、力なく俯いた。
「私って……なんて無力なんだろう……マァムさんの気持ちをわかって上げられない……どうしたら……ポップさんもマァムさんも助けて上げられるのか……」
ゆっくりとその歩を進めて行くとメルルはいつの間にか一人中庭を眺めていた。昨日ヒュンケルの為にこの中庭近くの礼拝堂でエルフの住処の場所を占ったのだ。
「未来を占う………今どうしたら良いのかわからないから……占いがあるのに……私は何の為にこんな力があるの……?」
ポップとマァム……今、この目の前の大切な人達を救えない自分がメルルはとても、もどかしかった……
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✦作者コメント✦
このシーンはマァムとメルルの関係性を少し濃く表現しようと思い書いてみました。自分は女性ではないので、女性達がこういう場合にどんな会話をしたりするのかは全くわからないので完全に想像という感じですが、キャラクターの性格からメルルならこう、マァムならこうかなぁ~という感じです。また、サブタイトルにもある醜い姿を好きな人には見られたくないとう感情は女性に限らず男にもあるモノなので、それぞれのキャラのそんなところも伝わってくれてればいいですね。そういう一つ一つの試練を乗り越えてきっと彼等も幸せを目指すのでしょう。
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