─禁忌の者─
「これは、どこに運ぶ?」
「あーそれは、こっちに置いといておくれ」
暗い暗い日の光りのない世界。灯りと呼ばれるものは、今は年老いた魔道士の女の杖の先に灯された魔法に頼るしかない。
「婆さん、とりあえず一通り言われたモノは運んだぜ」
男は老婆魔道士の指示通りに、多くの魔導書を運び込むと一息ついた。
「ああ、すまないね……年を取ると力仕事はやはりツラいもんでね……」
「魔法でチョチョイってワケにはいかねぇのか?」
「!?おお!そうだね、その手があった!」
「おいおいマジかよ……」
男は力には自信があった為、重たい数々の魔導書を運びあぐねていた老婆魔道士に運ぶように頼まれたが、返ってきた返事に呆れ返った。
「まぁまぁ、いいじゃないか……どうせここに来てからなぁ~んにもすることないんじゃから……」
「別になぁ~んもないことないぞ!ちゃんとここに来てから、毎日剣の鍛練は欠かしてないし、さすがに魔界と言われるだけあってモンスターもなかなか歯応えあるヤツも多いしな!」
「バカッ!そんなこと大きな声で言うもんじゃないよ!メドゥルザ様の耳に入ったら、お目付け役のワシまでとばっちり食っちまうじゃないか!!」
老婆魔道士は声を潜めながらも、男に叱責する。
「大丈夫だって!この14年間一度もバレてないだろ!」
「たくっ!この男は言っても言っても訊きやしない!いい加減、地上に戻る夢なんか捨てちまえってんだよ!メドゥルザ様の呪いから逃れられるワケないだからね!」
「わかったよ!悪かった!ま、婆さんに迷惑掛けないように上手くやるから心配すんなって」
「このおたんこなす!ちぃ~ともわかっておらんじゃないか!」
老婆魔道士は唾を飛ばして激昂するが、男は何処吹く風の体で老婆の部屋をあとにした。
男は自分の部屋に戻ると素早く鎧と兜を身に付け、禍々しい様相の奇妙な大剣を手にすると表に出た。
「その屍黒竜の牙の呪いも結局お前には効かないようだね」
いつの間にか先に表に出ていた老婆魔道士がその大剣を持つ男の背中に声を掛ける。
「まぁ、この手の呪われた武器は確かに慣れるまで厄介だったがな……」
「偶然見付けたとは言え、それはかつて魔界で名を馳せた剣豪が使っていた剣だ。それだってメドゥルザ様に見付かったらタダじゃすまないよ!」
再び老婆魔道士が口うるさく言ってきた。
「いつまでもあんなクソ野郎にビクビクしててもしょうがないぜ、婆さん」
「お前を見てると、ワシの出来の悪い孫を思い出しちまうよ!」
「あん?魔界の名工って呼ばれてる鍛冶屋の孫か?」
老婆魔道士は、かつて魔界の名工と呼ばれた武器職人である自身の孫をいつも口で貶しているが、何かにつけてその孫の話を持ち出すところをみると口で言うほど憎らしく思っていないことは無骨なこの男にさえ解った。
「そいつも結構腕の立つ剣士だったんだろ?へへ、光栄だね魔界で名の知れた男と並べられるとはな……」
「ふん!確かにアンタの腕ならあのバカ孫ともいい勝負になるだろうが、ワシが言っとるのはその大雑把な性格だよ!剣士にしたって武器職人にしたって器用に武器を扱う割には性格は繊細さの欠片もねぇバカちんだ!」
「へいへい、でもその孫の事、心配してんだろ?」
「ふん!誰が心配なんざしてるかね!お前らみたいな命知らずはとっととあの世にでも逝っちまえってんだ!」
今日はいつもより、随分と突っ掛かる老婆に男は言った。
「その最後のセリフよぉ……俺には構わねぇが、その孫には絶対言ってやるなよな……」
「あんだって?」
「婆さんのこと、もしかしたら気に掛けてるかも知れねぇだろ?だからもしだぜ、もし逢えた時は俺にいつもしてくれてるみてぇに、なんか美味いもんでも食わせてやれよ……」
男は真剣な眼差しで老婆魔道士に言う。それを受けて老婆はクルっと踵を返すと……
「余計なお世話だよ!何処にいるんだかわからんあのバカの事なんざ知らないよ!」
老婆はひょこひょこと歩き出すと、脚を止めて言う。
「今日はアンタの好物を作っといてやるから、あんまり遅くなるんじゃないよ!」
そう言うと今度こそ男に背中を向けて去っていった。
「あんがとよ婆さん……きっと逢えるさ………それにしても、魔界の名工か………相当いい腕してんだろうな………」
そして、男もその場から目的の地に向かって行った。
魔界───。
そこは、おおよそ地上の者がその脚を踏み入れるにはあまりに危険極まる暗黒の地。太陽の輝きは届かず、漆黒の闇がその空を覆い尽くしている。
かつて、この地には二つの勢力があった。一つは大魔王バーンが率いる強力な魔界の猛者が集う強大な勢力。彼等の目的は神々の恩恵を受ける地上を人間もろとも滅ぼし、この魔界に太陽の輝きをもたらすこと。
しかし、その強大な勢力を誇る大魔王バーンの魔王軍は地上に於いて勇者ダイとその仲間達の手により壊滅し、大魔王バーン自身も勇者ダイがその竜の騎士として覚醒した真の姿である竜魔人と化したダイの手により葬られ、太陽の塵となった。
そして、魔界のもう一つの勢力の長であった冥竜王ヴェルザーもかつての竜の騎士であり勇者ダイの父でもある竜騎将バランの手によりその一族もろとも倒された。
しかし、ヴェルザー自身は不死身の肉体を持つといわれており、完全にその命を絶つことは出来なかった為、天界に住まう精霊の力によって魔界の奥深くに封印されてしまった。そして、この天界の精霊が施した封印術により、ヴェルザーは岩の彫像の如き姿となり、長い年月をその姿のまま意識と僅かな呪力と魔力だけを残して今に至っていた。
「メドゥルザ様、如何でごさいますか?」
「まだだな……本来の魔力の三割も戻らない……全くもって忌々しい天界の精霊め……!」
メドゥルザと呼ばれる者は傍に仕える従者の魔族と会話しながら天界の精霊に対する恨み言を吐いていた。
「父上の様子はどうだ?」
「ヴェルザー様もさほどのお変わりもないようで……」
そう訊くとメドゥルザは従者の魔族を睨みつける。
「どういう事だ……先刻の貴様の報告では精霊共の封印を破るのは可能だと言ってはいなかったか?」
「も、申し訳ございません!私めの見解が甘かったようで……しかし、精霊共の封印術はなかなか厄介なものでして……」
メドゥルザは言い訳に四苦八苦する従者の足元に不気味な魔方陣を作り出した。
「な!?メドゥルザ様!何を……!?」
従者の魔族は激しく狼狽する。
「役に立たぬ者は我が配下にはいらぬ……砕けて消えろ……」
「お、お待ちください!メドゥルザ様……!!!」
メドゥルザは聞く耳を持たず、魔方陣の魔力を高めていく、すると黒くおぞましいエネルギーが従者の魔族の身を石に変えていく。
「ぎゃあああぁぁぁーーーー!!」
断末魔の叫びと共に従者は完全に石化した。そして、メドゥルザの目が血のように紅く光ると石化した従者の身体は砕け散った。
「ふん!役立たずのゴミめが……!」
メドゥルザが不機嫌に自身で砕いた従者を罵ると、今度は違う女魔族の従者が現れた。
「お呼びでしょうかメドゥルザ様……」
「アギスか……今、役立たずを始末したところだ……」
「左様でございましたか」
「ああ、ところでお前に任せた件だが……」
アギスと呼ばれる女魔族はメドゥルザの前に進み出ると、一つの魔導書を手渡した。
「ほう……こいつか……」
メドゥルザはパラパラとページを捲ると満足気に頷く。
「よく手に入れたな、どこで手に入れた?」
「ワズの持っていた魔導書の中に……」
「ワズ?ほう……あの老婆がな……そういえばそのワズに目付けを命じたヤツはどうしている?」
「はい、ついでにその者の様子を伺いましたが、ワズからは特別な事は何も……」
「そうか……この14年間でようやく魔界に骨を埋める気にでもなったか……」
メドゥルザは不適な笑みを溢す。しかし、アギスと呼ばれる女魔族は微笑さえ浮かべない。
「どうした?何を考えている?」
メドゥルザはそんなアギスを気に掛ける。
「いえ、私が先程ワズの元に訪れた時には見掛けなかったもので……どこに行ったのか?と訊ねるとぶらぶらと散歩でもしているのだろうと……」
「それが、何か気に掛かると?」
「私の考え過ぎかも知れませんが……なかなか油断のならない男だと認識しているもので……」
アギスはやや神妙な面持ちで応えるとメドゥルザも真剣な面持ちになった。
「お前がそれ程までに気に掛けるとはな……まさか、惚れているワケではあるまい?」
「また、その様なお戯れを……私は油断ならないと言いました」
睨まないまでもやや強めの視線を自らの主人に向けるアギスにメドゥルザはからかうように笑った。
「フハハハハ!そう怒るな、まさに戯れよ!誠にお前は面白いな!」
「メ、メドゥルザ様……!」
「わかった、わかった、戯れはよそう……あの男の事をこれからは私に逐一報告しろ、何か不穏な動きがあれば私が赴こう」
「……!?メドゥルザ様がでございますか!?とんでもございません!何かあれば私があの男を処分致します!」
アギスは主の言葉に驚きを隠せなかった。メドゥルザが自ら赴く事など、彼の父であるヴェルザーが精霊に封印されてから滅多に無いことだったからだ。
「あの男とは因縁がある……あの男の娘に呪いを掛けたが、ヤツは俺の呪法を一度破ったのだ……」
「メドゥルザ様の呪法を……!?しかし、あの男は魔法など使える者ではないかと!?」
「その通りだ……だからこその因縁とも言える……そして同時にヤツがこの魔界にいなければならぬ因縁でもあるのだ……」
メドゥルザは眉間に忌々しそうに皺を寄せる。
「ヤツの様な無骨な剣士如きが私の呪法を一時とは言え破るなど、許せんからな……」
「申し訳ありません……それ程の男とは……私が油断をしておりました」
アギスは膝をついて深々と頭を垂れて、謝罪する。
「いや、構わぬ。だが、これからは気を抜くなよ……」
「はっ!」
メドゥルザは玉座に座り、過去を振り返った。そう、今から14年前、メドゥルザの強大な呪法を破った者がいた。それが、老婆魔道士がメドゥルザにその目付けを命じたあの男だったのだ。
配下のアギスは既に去りメドゥルザは彼女が今しがた手に入れてきた魔導書を開いた。その魔導書は魔界の長い歴史の中で埋もれてきた禁忌の呪法がいくつも記されている古い魔導書だった。そして、メドゥルザはその魔導書を使い父であるヴェルザーの復活と自分を含めた生き残った一族のそれぞれの力を抑えている天界の精霊の封印術を破る方法を探っていた。
「父上、そして我が一族よ……この私が再びこの魔界に冥竜王ヴェルザーとその一族の偉大なる力を轟かせる為に必ずや精霊共の封印術を破ってみせよう!!そして、その暁には念願の地上支配をも我等の手で必ずや果たそうぞ!!」
ヤツの名は、冥竜王ヴェルザーが一子、呪神冥竜メドゥルザ。
かつて竜の騎士バランに倒されたヴェルザー一族の生き残りであり、魔界の北を支配する呪法の神と呼ばれる恐るべき男である。
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✦作者コメント✦
出てきました!新たな敵ですね。まぁヴェルザーとの戦いは原作からの流れで必須事項ですので、ヴェルザー陣営の一角を今回は登場させました。でも一角と言ってもこのメドゥルザはかなり重要キャラであります。強いですかなり。そして悪いですかなり。まぁ今後は彼が暫くは敵方の中心になります。特にポップ編は……まぁこれ以上はネタバレするので……(^^;
もう一つのシーンの老婆魔道士のワズは、あの魔界の名工と呼ばれている男と関係大ありです。彼は今は弟子の北の勇者に鍛冶の修行をつけていますけどね。で、もう一人の男はかなり、かなり、重要キャラです!だから、まだ素性は明確にしません ✌️