ダイの大冒険─最終回後─二次小説

ダイの大冒険最終回後の二次小説になります。

武器職人



 


 ─ジャンクの過去─


 


 ポップとマァムがそれぞれの故郷への帰路に就いてから時間は大戦翌日から三日後のポップが目覚める日まで遡る── 


 


 ポップの父ジャンクと母スティーヌに勇者ダイが大魔王バーンを倒し、この世界に再び平和が取り戻されたことを伝えたのはジャンクの武器屋の裏の森に住居と仕事場を置いているロン・ベルクだった。


 そして、同時にダイが空に消えた事やその際にポップの身に起きた事についても彼はその現場で見た状況を詳しく伝えた。


 ジャンクもスティーヌも青褪めた顔でその話を訊いていたが、とにかくその時はただ、ただ、二人の無事を信じて祈るしかなかった。


 しかし、それから数日後にもたらされた一人の青年による吉報がジャンクと特にポップの母スティーヌにとっては心底安堵するモノとなった。


「ノヴァ君、本当にありがとう」


 ジャンクはその厳つい手を北の勇者と呼ばれているノヴァに差し出す。


「いえ、僕に出来る事と言えばこのくらいで……レオナ姫に伺いましたが、彼を救ったのはあの勇者アバン様とポップ君と同じアバンの使徒の一人であるマァムさんの献身的な看護のおかげだったと訊いてます、御礼なら彼等に言って上げて下さい!」


 ノヴァは大戦後の翌朝には、世界中を飛んでいた。


 大戦直後、カール王国の王女フローラとリンガイア王国の将軍にして実父であるバウスンとの話し合いの中で、魔王軍による世界中に残された破壊の爪痕を確認し、今後の復興作業の為にその被害状況の報告をルーラで世界中を飛べるノヴァに頼んでいた。そして、彼はフローラと父バウスンの意向を受け役目を果たすべく飛び立った。また、更に彼は自分の判断から可能な限り最後の戦いに帯同していた兵士達の家族やその帰りを待っている人々の元に赴き、その無事や各々の活躍を告げて廻っていた。


「ポップが大変な状況だと訊いた時は生きた心地がしませんでしたが、でもあの子も私達の知らないところで強くなっていましたから……うぅ……」


「スティーヌ……また一つ、アバン殿に感謝する事が増えたな……」


 ポップの事を思うあまり、涙ながらに言葉に詰まる妻をジャンクは肩を抱いて気遣う。


「ええ……それにマァムさんにも……本当に良かった……ダイ君もきっと無事でいますよね……あの子だってポップだって大丈夫だったんだから……」


「はい、アイツは……ダイは必ずボク達のところに帰って来ますよ……」


 ノヴァはポップが目覚めた翌日にパプニカに訪れていた。その際フローラが率いるカール王国や自国リンガイアの復興状況、更に先に訪れていたベンガーナやロモス、テランの状況もレオナに伝えていた。また、そのレオナからもパプニカの状況を確認し、その時にポップがアバンとマァムの手で無事に目を覚ました事も訊いたのだった。


 そして、勿論ダイの事も話題に上がった………彼に関する情報はレオナ自身にも未だに掴めておらず世界中を回って来たノヴァも提供出来る情報は何も無かったのだが、しかしそれでもレオナのその瞳には力強い光が宿っていた。ダイが必ずこの地上に帰ることを信じ抜いているそんな思いに満ちていた瞳だった。


 そうして、ノヴァはその後パプニカを跡にしてフローラとバウスンに報告を終えると、彼はロン・ベルクの元へ向かい、今こうしてジャンク達の元にポップの無事を伝えたのだった。


「そういえば、ロンのヤツは相変わらずか……」


 唐突にジャンクはノヴァに訊ねる。


「ええ、今朝も出掛けたままです」


 ノヴァは大戦中に反目し合っていたロン・ベルクに今は師事している。自身を犠牲にしてまで自分達人間を護って戦い、勝利と引き換えに武器職人としてその命より大切な両腕を傷付けたその姿と心意気にノヴァは一人の男として尊敬の念を抱くと共に彼の腕が回復するまでの間、その腕の代わりになることを買ってでたのだ。


「しかし、ロンのヤツは何を考えているんだかな……二日前からここへ君を呼んでから、まだアイツから何も教えて貰っていないんだろう?」


 ジャンクはロン・ベルクから数日前にノヴァを紹介された為に彼等の関係を知っていたが、それから今日までの間にロン・ベルクがノヴァに武器造りを教えている姿を見たことはなかった。それどころか、彼を連れて来た日の晩にスティーヌを含めて4人で小さな宴を催した際には基本的な事はジャンクに訊けとノヴァに言っていた。


「先生にはきっと何かしら考えがあるのだと思います。ボクは武器造りの事は何もわからないまま、先生の腕の代わりになると大きな事を言ってしまいましたから、もしかしたら内心では怒っているのかも知れませんが……」 


「ハハハ!それはないさ……」


「え……?」 


 ノヴァは思わずジャンクの顔を見る。


「もしそうなら、君をここに連れて来ることなどしないさ……ましてやアイツが弟子入りを許すなんてな……」


 ジャンクはそう言うとロン・ベルクとの出逢いを少し語り出した。


「俺もアイツと知り合ってから大した月日は経ってないんだが、アイツは俺と知り合う前までは人との関わりを一切持っていなかったようだ……」


「一切ですか……?」


「ああ、ただ魔界ってトコにも居れなくなって仕方なくこの人間界に来たって言っていたが、それがなんと100年以上も前って言うから始めはてっきり担がれているのかとも思ったんだがな……だが、色々訊いているとアイツも苦労しているみたいでな……」


 そう言ってジャンクは少し遠い目をしながら話す。


「ジャンクさんはどうして先生と……?」


「ん?ああ……まぁきっかけはやっぱり仕事と言えば仕事だな……」


「仕事……武器作りですか?」


「まぁな……俺も昔はそれなりの武器を作っていた職人だったが、色々あって辞めてからは武器屋一本でやってるんだが……」


 ジャンクは隣のスティーヌに何処か申し訳なさそうな顔をしてみる。


「フフ……もう随分前の話しですよ?まだあなたは気にしてるの?」


 スティーヌは微笑みながら言う。


 ノヴァがそんな二人を怪訝な表情でみると、ジャンクではなくスティーヌが話し出した。


「主人は若い頃はとても腕の良い武器職人でした、ベンガーナのお城でもお抱えにして頂いていたのですが……」


 スティーヌはここから先はジャンクから話すようにと言わんばかりに彼に視線を向けた。


「ま、まぁ…そのなんだ……威張り散らしてるイヤな大臣がいてよ……それで……そのちょいとばかり小突いてやったらよ……」


「あら!まぁ……フフ……」


 ジャンクの物言いにスティーヌは思わず破顔する。


「わ、笑うなよスティーヌ!」


「ウフフ、ごめんなさい……でもちょっと小突いただなんて…フフ」


 その会話を訊いていてノヴァも流石に気付いた。


「大臣相手に大立回りでもしたんですか?」


「そ、そんな大立ち回りなんて!ちょいと小突いたら、なんか……寝ちまってな……」


「それって気絶でしょう?」


「うぐ……!?そ、そうとも言えるな……」


 ジャンクは自分の息子と同年代のノヴァに正論で返され思わず押し黙る。


「まぁ暴力はいけませんが、実は我がリンガイアでもその大臣との一件は耳に入ってましたよ、無論ボクの幼い頃の事でしたから父からの又聞きではありますが……」


「そ、そうか……なんだか面目ねぇ……」


 しかし、そう言って肩を落とすジャンクにノヴァは微笑んで言った。


「その大臣は結局その後に色々な不正が明らかになって国を追われたと訊いてますよ?」


「え……?」


「しかも、話をしてくれた父は嬉しそうに語っていたのをボクは幼心に覚えています、父も昔は今と違い血気盛んで、よくボクは昔の父に似ているとも言われました」


「ノ、ノヴァ君……?」


 ジャンクはノヴァの言葉の真意を図りかねて訊ねる。


「あ、いやいや……すいません!でも何も面目無いなんて思わなくて良いですよ?だって父はそのジャンクさんの意地悪大臣退治を祝って国で密かに宴会してたらしいですから」


「えーーー!?宴会!?」


「ほ、本当にっ!?」


 これには流石にジャンクもスティーヌも驚いて声を上げた。


「ハハハ!まぁ昔の事ですケドね……」


 当時その大臣は密かにベンガーナ王の椅子を狙っていたとも言われていた程、強権的な政治を当時の若きベンガーナ王クルテマッカⅦ世に進言し続けベンガーナ王国を意のままにしていた。


 無論、人格的には最低な人物で、例えるなら人間界のザボエラの様な男だった。


 そして、そんな大臣が失脚したきっかけこそ、先のジャンクの起こした事件だった。


「これも父から訊いた話ですが、あの当時のベンガーナ王国はあまり経済的に潤っていなかった様ですね……」


 ノヴァはかつてのベンガーナ王国の懐事情を訊ねた。


「ああ、今のようなデパートもそうだが、戦車や軍艦等の兵器なんて夢にも思わなかった程に国としては、かなり逼迫していたものさ……」


「でも、そんな中でもその国を支えていたのが、主人を始めとしたあらゆる職業の職人の方々でした……」


 ジャンクとスティーヌはノヴァの言葉を受けて昔を思い出す。


「あの時のベンガーナは確かに今よりは貧しかったかもしれないが、武器だけでなく衣類や国内に豊富にあった様々な資源を加工したりする技術に長けていた職人が多くてな、その腕の良い職人達の品は他国に輸出したりもして貿易でなんとか成り立っていた所もあった……そうそう!食い物も結構な評判だったぜ……」


「ええ、父もよくベンガーナ王国の品はみんな品質が良いといつも言っていました。特に武器に関してはジャンクさんも一役買っていたようですね♪」


「え……?」


 ジャンクは目を見開いて驚く。


「ジャンクさんは訊いたことありませんでしたか?″ベンガーナにジャンクあり!"って……!」


「おいおい、懐かしい事を言うなぁ!確かに昔は気の良い仲間内でそう言われていたこともあったが、単にからかわれていただけさ……俺なんかよりも遥かに稼いでた職人なんか沢山いたしよ……」


 ジャンクがそう言うとノヴァは首を振って答える。


「いえいえ、ご謙遜を!ジャンクさんの腕を買っていたのは父だけでなく、リンガイア王もおっしゃっていたことですよ!何しろリンガイアの武器や防具は隣国という事もありますが、殆どベンガーナから買い付けたモノですから!」


「まぁ、そうみたいだがな……ベンガーナ王もよくリンガイア王国には懇意にして貰っていたと言っていたな……」


「それに、ジャンクさんより羽振りが良かった職人は決して腕が良かったワケではない事は仕入れた武器を使用していた者にはわかってたようですよ……」


「ん……!?」


「あの当時、ベンガーナから仕入れた武器はその出来の良さに随分と差があったりもしたそうです……一見するとどれも同じ様に優れたモノにみえる品でも、使い勝手やその耐久性など使っている内にかなりの差があったと……」


「ああ、まぁな……同じ武器でもその作り手によるところは確かにあるな……でも、俺はあまり他のヤツの仕事には興味がなくてな……殆ど独学だったんだよ……」


「え……!?誰にも教わらなかったんですかっ……!?」


 ノヴァはこのジャンクの言葉に流石に驚いた様だ。


「いや、そりゃあ若い時は多少の基本は学んだが、なんつーか……」


「フフ……彼はこう見えて案外と器用なのよ♪」


「お、おい!?スティーヌ!」


 スティーヌの言葉にジャンクは年甲斐もなく照れている。


「そうなんですか!あ、だからか!?」


「ん……?なんだ?」


「ロン・ベルク先生がジャンクさんに訊けっていうのはきっと基本を先ずはジャンクさんから学べってことなんですよ!先生はジャンクさんの事を本当に信頼してるんだなぁ!」


 ノヴァがしみじみ言うとジャンクは顔を赤くしていたが、隣のスティーヌは誇らしくその姿に微笑みを浮かべていた。


「ですが、そんな腕の良い職人よりも稼いでる事に疑問を持った商人がいたようですね?」


 ノヴァは真剣な表情に戻って言う。


「ああ、よく知ってるな……お城に出入りしていた商人の一人がたまたま大臣と取り巻きの会話を訊いちまったらしくてよ……自分の手足の様に色々と汚ねぇ仕事も平気でやるいけ好かねぇ職人崩れには俺達が作る武器よりも高値で稼がせて、その内のいくらかを上納させて、てめぇの懐に入れいたらしい……」


 ジャンクは過去にベンガーナ王国内で大臣が行っていた不正行為を語った。


「それで、ジャンクさんは……」


「始めは話し合いのつもりだったさ……でも、不正をしていた自分の事を棚に上げてあの人を見下した態度がどうにもな……」


 スティーヌもその話については黙って訊いていた。ノヴァはその表情から当時はもしかしたら、かなり大変な目にあったのだろうと思いを巡らせた。


「まぁ……ただ、俺がしでかした事で仲間内や妻にまで嫌がらせや色んな妨害行為があったりしてな……かなり迷惑を掛けちまった……でも、ちゃんとみてる人っているモンだな……」


「……?」


「君の国のリンガイア王さ……」


「リンガイア王?ですか……?」


 ノヴァは目を見開いて訊ねる。


「そうか、そこまでは訊いていないか……リンガイア王からの書簡が当時のベンガーナ王を動かしたのさ……」


「どういう事ですか?」


「俺や俺の仲間内が作った武器だけしか今後は仕入れないって書簡を送って来たんだ……無論、ベンガーナ王は何故かと訊ねたが、リンガイア王からは返答の変わりに俺等が作った武器ではなく大臣が懇意にしていた職人崩れ共が作った壊れた武器や防具が送られてきたのさ……」


「そ、そうなんですかっ!?」


 ノヴァは思わず声を上げる。


「ああ、始めはベンガーナ王もリンガイア王の行為が理解出来ずに腹を立てたが、その時に俺達職人を集めて同じ武器を作らせたら、その見た目からはわからない材質に違いが有ることがわかったんだ」


「まさか、それで……」


「どうやら大臣は安い材料でそれらしく形だけ整えた武器を作ってリンガイアに売り付けていたらしい……そして、安い材料費で浮いたその金も懐に入れていたのさ……だが、よりによってその事実を集めた全職人の前でベンガーナ王が大臣に詰め寄ったモノだから、もう大臣は打つ手なしで大臣の息の掛かった職人崩れもそのまま処分されたよ……」


「そんな結末だったんですか……ボク達の国ではジャンクさんが国王に大臣の不正を進言したと……」


「ああ、そりゃ多分リンガイア王のウソだな……」


「え……!?ウソ?ですか?」


 ジャンクはニヤリと笑うと語り出した。


「俺が大臣をぶん殴っちまったのは事実さ……でも、その事を訊いたリンガイア王は俺を庇ってくれたどころか俺を英雄にしようとしてくれたみてぇだな……大臣の不正を暴いたってな……」


「どうして、そんな事を……?」


「俺達が作った武器や防具を本当に認めてくれていたから、もし俺が大臣の件で武器職人を辞めさせられたら困ると思ったのかも知れねぇな……」


「だから、英雄に仕立て上げて……ベンガーナ王にジャンクさんの恩赦を頼んだ?」


「さぁ、流石にそこまではわからねぇが……でも、ベンガーナ王からは職人から足を洗えとは一言も言われてねぇし、何か処分を言い渡されたワケでもねぇ……まぁでも、俺が職人を辞めたのは、ケジメってヤツさ……」


「そんな……」


 ノヴァはいたたまれない表情で告げる。しかし、ジャンクはニッコリ笑うと言った。


「みんな俺の職人仲間もそんな顔をしていたな……でもよ、俺は後悔なんかしてねぇよ……」


「え……?」


「大臣をぶん殴った事じゃねぇぞ……職人を辞めた事をさ……」


「どうしてですか?」


「それはな……変わらなかったからだよ」


「……変わらなかった?」


 ノヴァは怪訝な表情になる。


「ああ、どいつもこいつも変わらず俺との付き合いを続けてくれている……さっき言ったろ?他のヤツの仕事には興味がなかったってよ……」


「ああ、はい……」


「確かにそれまではそれは、本当でよ……なんつーか人付き合いが得意じゃなかったのもあるのさ……正直な……でも、その大臣の一件で職人連中との絆みてぇなモンが強くなったのかわからねぇが……よく他のヤツ等が俺のところに訊ねて来るようになってな……職人なんてどいつもこいつも、てめぇの腕には人一倍自信を持ってるヤツばかりだがよ……こと人付き合いに関しては不器用な連中ばかりなのさ……でも、俺がケジメをつけて職人を辞めてもヤツ等は俺と距離を取るどころか、前にも増してよく顔を出してきてな……俺も職人を辞めてはいたが、困っている事にはまぁ多少手を貸してやったりしてたのさ……」


「そういうことでしたか……」


「ええ、だから彼は他の職人さん達のお仕事もよく知らなくてはいけなくなったの……」


「付き合いそのものは変わらないけど、でも前よりも濃くなったモノもあるのでは?」


 スティーヌの言葉にノヴァがそう告げると、ジャンクは再びニッコリ笑って照れ臭そうに頷いた。


「まぁ、そうだな……」


 ノヴァはこの時、師ロン・ベルクが何故このジャンクという人間に心を開いたのか、わかった気がした。見た目は強面で不器用な感じはあるが、本当に気高く同時に深い思いやりに溢れた人物であり、特にロン・ベルクには自身を犠牲にしても大切な誇りを守るという姿勢に何か感じ入るモノがあったのかも知れないと思った。


「すまんな……長々と話しちまったが、ロンとの出会いのきっかけもある日突然、ひょっこりと俺の店に来てな……"偉い大臣ぶん殴ったヤツの店はここか?"って言ってきてよ……」


「え!?先生がっ……!?」


 急な展開にノヴァが驚く。


「おかしなフードをすっぽり被っていかにも怪しい雰囲気だったから、冷やかしかなんかと思って追い出そうとしたんだがよ……そしたら……」


「そしたら?」


「一本の剣を差し出して来て、"自分の作った武器をお前のような男に売って貰いたい″ってな……」


「それで、ジャンクさんは……」


「俺もまぁ武器職人の端くれだからな……そのロンが見せてきた剣がどれ程のモノかすぐにわかったよ……正直言えば、ホレたってヤツだ……ヤツの作ったその武器とその腕に……」


「凄い……」 


 ノヴァの目は二人のやり取りを想像しながらキラキラと輝いていた。


「まぁ……だから、さしてアイツとの間には言葉はいらなかったのさ……」


 ノヴァは師ロン・ベルクとジャンクのこの話を訊いて心の底から感嘆していた。


「ハハハ……本当にすまんな……長々とつまらない話をした……」


 ジャンクは照れ臭そうにそう言うが、ノヴァは何度も首を振りながら言った。


「いえ、貴重なお話しありがとうございました!ロン・ベルク先生がジャンクさんと仲良くしている理由もよくわかりました!」


「まぁアイツはあれで色々とわかってくれてはいるからな俺も不思議と付き合い易いんだわ……まだまだ謎も多いヤツではあるがな………お!?そうだ謎と言えば、ここ最近ロンはいつも何処に行きやがるんだろうな?」


 自身の過去を話し終えると、ジャンクがノヴァに訊ねる。しかし、ノヴァはジャンクのその言葉を訊いて少し気掛かりな事を思い出していた。


 


 ダイが空に消えたあの後、ノヴァはその場にいた全員と同じ様に絶望していた。いや、ダイのあの行為に対する怒りすら彼は隠そうとしなかった。しかし、その場で自身のその怒りを露にする事さえ、愚かに思える程に周りの者達のショックは計り知れない様相だった。


 そして、勇者ダイに思慕の想いを秘め最後の最後まで彼と共にあったパプニカ王国の姫レオナと勇者ダイと最初からずっとその傍らで支え合い、この熾烈な大戦を潜り抜けて来た親友である大魔道士ポップの身に起きた出来事は大きかった。


 その中でノヴァが師とその心に決めた男は冷静沈着に告げた。


「まだ終わらない……か……」と……。


 ノヴァはこの言葉の意味をその際に訊ねたが、彼はそれ以上の言葉を口にしなかった。


(「ロン・ベルク先生はどうしてあんな事を……」)


 今日もジャンク達の元に赴く前にパプニカからルーラで飛ぶ際に目の端に入った巨大なピラァ。


 パプニカ地方にも聳えるそれは、大魔王バーンの手によってバーンパレスから世界中に投下された内の一本だ。そして、そのピラァの頂にはヒャド系呪文で凍らされているとはいえ、この地上を吹き飛ばす程の威力を秘めた黒の核晶(コア)という魔界産の超強力な爆弾が今も存在している。


 大戦後の話し合いの中でフローラは特にその事に気を揉んでいた。


 あの時、神の涙であったゴールデンメタルスライムことゴメちゃんの力で世界中の人々にこの黒の核晶(コア)による危機が伝わり、心ある人間達の手によって爆発の危機は回避されたが、黒の核晶(コア)自体は今も消滅したワケでもなく、ヒャド系呪文であくまでその起動を停止している状態であるというだけだった。


「先生は、やはりこの事を危惧しているのだろうか……」


 しかし、ノヴァは師ロン・ベルクの口から零れたあの言葉の真意をこの時は、まだ図り兼ねていた。


 

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✦作者コメント✦



 ポップとマァムの件が少し落ち着いたので、今回から他のキャラクターにスポットを充てようと思い、今回の話しになりました。

 本編のダイの大冒険の中で、気になるシーンを独自の解釈で掘り下げていこうと思いますので、暫くお付き合い頂けると嬉しいです。

 また、今後の展開にとってかなり重要な話になりますので、書き手としても緊張感を持ちながら頑張ります。

 さて、今回はロン・ベルクが本編ダイでチラっと言っていたジャンクの過去です。威張り散らしていた大臣をぶん殴ってベンガーナの武器職人を辞めた理由とはなんだったのか?ポップも気にしていたシーンでしたが、今回はノヴァ君に聞き手として参加して貰いました。少しずつノヴァの今後も書いていきたいので、そろそろ登場させようという思惑です。本編ではちょっとアレでしたが、結構彼にも今後は強くなって貰いたいとも思ってます。

帰還 Ⅲ




  ─想い 愛言葉─


 


 マァムがマトリフのルーラでネイル村への帰路に就いてから暫くして、アバンはポップがいる部屋の扉をノックした。


 コンコン…!


「はい……!」


 ポップが応えて扉を開けるとアバンが柔らかい笑顔でそこにいた。そのアバンの表情をみてポップはマァムが無事に旅立った事を改めて察した。


「マァムは無事に旅立ちましたよ」


「そうですか……良かった……アイツ……何か言ってました……」


 慣れない手紙を書いた事が照れ臭かったのかポップは顔を逸らして言う。


「いえ、特には……」


「え……?」


 アバンの言葉にポップはやや拍子抜けに言う……しかし……


「ですが、あなたの手紙を優しく胸に納めていましたよ……沢山の涙と共に……」


 ポップはそのアバンの言葉と優しい眼差しを心に深く感じた。そして、アバンの言うマァムの涙を思い浮かべて暖かい気持ちになった。


「それに、レオナ姫とメルルさんがマァムをしっかりと支えてくれていました……なので大丈夫、あなたの気持ちは必ず伝わります。だからあなたもしっかりとマァムの事を信じて上げてください……」


 ポップは俯くがすぐに顔を上げる。


「……はい、マァムの笑った顔……もう一度みたいですから……」


「ええ……」


 アバンはポップとマァムの深い絆を心から祝福出来る時が来る事を信じて止まなかった。


「では、私達も行きましょうか?準備は出来ていますね?」


「はい、あ、でもその前になんか姫さんが話があるって言うんで……」


「そうでしたか、わかりました。マァムを見送った皆さんがまだ表にいますので、先に行ってますね…」


「はい、すぐに行きます!」


 そうして、アバンは先に皆の所に向かった。 


 


 コンコン……


 


 アバンが、去って数分後。やや控えめに再び扉をノックする音が聴こえた。


「はい……」


 ポップが扉を開けると、そこにはレオナが俯き加減で佇んでいた。


「姫さん……ん……?どうしたんだ?辛気臭い顔して、マァムや俺がいなくなるのがそんなに寂しいのか?」


 ポップは相変わらずの軽口を叩く、いつもとは違うレオナの重い雰囲気を感じ取り敢えて明るくいつも通りを装ったのだ。


「ポップ君……本当にごめんなさい!!」


「え……?」


 ポップはレオナの謝罪の意味がわからなかった。


「なんだよ?急に……」


 しかし、レオナの瞳は今にも涙が溢れそうだ。


「お、おいおい!?どうしたってんだ!本当に……!?」


 そうしてレオナはポップに昨日のダンス会場での事、自分の浅はかな考えでポップとマァムを傷付けた事、その自身の後悔や情けなさ全ての胸の内を彼にしっかりと伝え、もう一度心から頭を下げた。


「こうして、謝罪することも遅くなって……本当に自分が情けないのだけど……」


「………」


「でも、本当にごめんなさい!!」


 あの普段から気の強いレオナがこうして自分に深々と頭を下げているのが不思議に思ったが、ここは真剣にこの謝罪を受け取ろうと思った。


「頭を上げてくれよ姫さん……わかったよ……」


「ポップ君……」


「でも、別に俺は姫さんに怒ってなんかないぜ?」


「え……?」


「怒ってるとしたら……マァムから逃げていた俺自身にだ……」


「………」


 ポップは目を閉じて深くマァムを想う。そして、ゆっくり目を開けて語り出す。


「昔っから俺ってさ、大好きになった子に思い通りにいかねぇと、つい心ない言葉をぶつけちまってさ……わかってた筈なのに……また、マァムを傷付けた……」


「ポップ君……でもマァムは……」


「ああ……だから、アイツへの手紙には今の俺の胸の内を全部書いた……やっぱり、俺……マァムの事が……好きだから……よ……」


 ポップは顔を紅くしながらもそれでも真剣な目でレオナに告げた。そして、レオナもそんなポップの言葉と眼差しに心から安堵した。


「それに、俺は姫さんに感謝してるんだぜ……」


「え……?」


「マァムの事……支えてくれたんだろ?」


「え……どうして……?」


 レオナはポップの言葉の真意を訊ねる。


「さっきアバン先生に訊いてさ……メルルと一緒にマァムのことを支えてくれてたって……」


(「アバン先生……」)


 レオナの心にアバンの笑顔が浮かぶ。


「そうだったの……先生が……」


「へへっ……やっぱり先生はすげぇな……ちゃんと見ててくれてんだ……俺達の頑張りを……」


「そうね……本当に素敵な先生……」


 ポップもレオナも柔らかい笑顔を交わしてアバンの偉大さをしみじみと感じ入った。


「ポップ君、あのそれと……もう一つ……」


「ん?なんだい?」


 レオナの瞳には憂いと力強さの両方が浮かぶ。


「ダイ君の事なんだけど……」


「ダイ……!?何かわかったのか!?」


 ポップは思わず声を上げる。


「ううん!違うの、相変わらず目新しい情報はないんだけど、彼の捜索隊をこのパプニカで立ち上げようと思うの」


「ダイの捜索隊!そっか、そりゃあいいな!!国が動いてくれれば世界中探せるかも!?」


「うん、それでね……焦らせるつもりはないから、故郷であなたもしっかりと休んで貰いたいのだけど……」


「その捜索隊に加わればいいんだろ?」


「ポップ君……」


「実はさ師匠にもアバン先生にも言われてたんだ……ダイの帰還は絶対に果たされなきゃならないって……でも、それはアイツの帰りをただ待つんじゃなく俺達の方からアイツを探しに行くって事でも全っ然アリって事だろ?しかも、姫さんがそうして捜索隊を立ち上げるなら俺がそこに加わらねぇ理由なんかあるワケねぇじゃねぇか……!」


 ポップの言葉に彼が自分と同じ考えでいた事を知り、レオナはこの時ほど頼もしく、また嬉しく感じたことはなかったかも知れない。ダイの隣にはずっとこの緑衣の少年がいた。彼がずっとその傍らにいたからこそ、ダイも戦い続けられた。レオナとはまた少し違う意味と思いでポップはダイの帰還を求めているのだ。


「そうね……うん!だから、必ず帰ってきてね!!」


「おうっ!!任せて頂戴!!」


 ポップは笑顔で頷き、レオナも満面の笑顔で返した。


 


 風が穏やかに流れている。トレードマークの黄色いバンダナを優しく撫でるその風が、柔らかい春の暖かさと清々しさを届ける。


 そして、目の前には熾烈な大戦を共にくぐり抜けたかけがえのない仲間達が自分を迎えてくれていた。


「ポップ……」


 最初にポップの前に歩み寄りその手を差し伸べたのは、アバンの使徒の長兄であり、ポップの兄弟子であるヒュンケルだった。


「ヒュンケル……」


 二人の間にそんなに多くの言葉はいらなかった。がっちりと交わした握手の中で、二人の硬い信頼と絆は誰の目からみても明らかなものだった。ただ、一言……


「マァムの事を頼むぞ……」


 ポップはヒュンケルのその言葉にやや驚いたが、すぐに笑顔をみせて真剣な目で告げる。


「ああ、任せとけ……」


 しかし……!


「なぁぁぁにが!!!任せとけだ!!!!」


「………!?」


「このおぉぉぉーー!!!!」


 なんと、チウが突然叫び声を上げて右手を振り上げポップに突っ込んでいく。


「お!おい!?チウ……!?」


 クロコダインが慌てて止めようとするが……


「まぁまぁ待てよ、クロコダイン……」


 ヒムがクロコダインを制する。


「ヒム……お前……!?」


 見ると、チウはポップに突っ込んだもののその短い腕ではポップに届かずいつかの様に頭を押さえられてポップになんなくその突撃を止められていた。


「くっ……!?お前なんかが!?お前なんかがっ!!どうして!!どうして!!マァムさんとっ……!?」


 チウは真剣な強い眼差しでポップを睨み付ける。しかし、その目には嫉妬は籠っていても不思議と憎しみはなかった。


「チウ……」


 ポップはそんなチウの眼差しを真剣な表情で受ける。


「いいかっ!!覚えておけよっ!!マァムさんを泣かしたら、このボクが絶対に絶対にお前を許さないからなっ!!!!いいかっ絶対にだぞっ!!!!!!」


 チウの魂の叫びだった。


「わかった。男と男の約束だ。」


 ポップはチウの熱い言葉とその思いをしっかりと受け止めて誓った。


「よく言ったぞチウ……」


「ああ、カッコ良かったぜ隊長さん……」


「クロコダインさん……ヒムちゃん……」


「うおぉぉぉ~ん!!」


「隊長~!!」


「なんだかわからないけど隊長カッコ良かった~!!」 


 すると、なんと物陰から獣王遊撃隊のメンバーが駆け寄ってきた。


「お、お前達っ!?今日は待機のハズなのにっ!?」


「だって隊長カッコいいから~!!」


「うおぉぉぉ~ん!!」


「ゲロゲロ~!!」


 よくわからない理由で、どうやらチウにこっそり着いてきていた様だった。


「お前達~!!!!」


「やれやれ、なんなんだこりゃ……」


 涙ながらに遊撃隊と抱き合うチウにヒムが呆れている。


「フフッ……まぁチウにはアイツ等もいるし、俺達もいるしな……すぐに立ち直るだろう……ポップ、騒がせて悪かったな……」


 クロコダインとヒムがポップの前に歩み寄る。


「おっさん……ヒム……」


 がっちりと二人と握手を交わして互いの今後の健闘を祈り合う。


「お前には本当に色々と世話になった、礼を言う……ゆっくりと故郷で休んだらまた会おう……」


「こっちこそありがとうな……しっかし、こんな強面のオッサンに有り難がれるとはな……人生わかんねぇな……?」


「ワハハハ!!いつもの軽口が訊けて安心したわっ!!」


「ヒヒ……」


「ポップよ、俺もお前には感謝してるぜ……」


「ヒム……」


「忘れねぇぜ……最終決戦……一緒に大魔王バーンに立ち向かったこと……それに……ハドラー様とのことも……」


 ヒムはあのバーンとの最終決戦でポップの策を信じラーハルトと共にバーンの天地魔闘の構えを破る事に尽力した時の事を振り返った。そして、ハドラーの事も……


「ヒム……俺もだ……忘れたくても忘れらんねぇよ……それに、お前も勿論そうだが、ハドラーも今となっちゃ俺達の仲間だと思ってる……」


「ポップ……」


「……!?」


 ポップのその言葉にヒムともう一人……かつてのハドラーの宿敵であったアバンも陰ながら反応を示す。


「努力して、努力して、アイツは俺達に何度も立ち向かった……でも、それは俺達人間と同じ生き方だ!敵味方ではあったが、最後のあの瞬間……俺はハドラーを仲間だと感じたんだ……だから、そんなハドラーをお前はずっと誇りに思っていいんだぜヒム……」


 ポップはハドラーの最後を見たあの瞬間に感じたことをヒムに熱く語った。


「……バッ…!バッカ野郎!!そんなの!!お前に言われなくったって!!わかってるつーの!!へへっ……」


 ヒムの目に熱いものがある。照れ臭そうにそれを拭いながらヒムはもう一度ポップと硬く握手を交わした。


 そして、アバンはその光景を柔らかい眼差しと誇らしい気持ちで見つめていた。


 と、そんな中で突然ポップの目の前にある男の手が差し出された。


「……!?」


 ポップがその顔を上げると、ラーハルトが目の前に佇んでいる。


「ラーハルト……」


 ポップはその手を握ると彼もまた、強くポップの手を握った。


「ダイ様とのことでは、お前にひけを取るワケにはいかん……だが、お前と共に歩めばダイ様を必ず探し出す事が出来ると信じている……」


「ラーハルト……ああ、俺もだ……ダイの帰還には必ずお前の力が必要だ、頼むぜ……」


「フン……そこで泣きべそかいている金属男と同じことを言わせる気か……?」


「あん?なんだとっ!?」


 ラーハルトの言葉にヒムが突っ掛かる。


「お前に言われなくてもわかっているという事だ」


「はははっ!まぁそうだなっ!」


 ポップはラーハルトともう一度熱い握手を交わした。


 そして、今度はポップがその歩を進めてある人の前に立った。


「メルル……そう泣くなよ……」


「ごめんなさい……でも…でも……」


「一生会えないワケじゃないんだしよ……色々とありがとうな……メルル……」


 泣きじゃくるメルルにポップは優しく告げる。


「私こそ……ずっと、ポップさんには助けて貰ってばかりで……それなのに何も出来なくて……」


「おいおい!何言ってんだよ?助けて貰ってたのはこっちの方だぜ?ダイの剣を探しに故郷のランカークスに行ったのだってそうだし、それに……バーンとの最終決戦の最後の最後でお前は俺に力をくれた……だから、俺は立ち上がれたんだ……忘れないぜ……本当にありがとうな……メルル」


 メルルはポップの言葉の一言一言がその胸に染み入る思いだった。優しく暖かい、大好きな人の言葉がメルルの瞳に更に涙を溢れさせた。


「ポップさん、大好きです……だから私……マァムさんには負けませんから!」


「メルル……!?」


 メルルの宣言にポップは驚いたが、ふとみるとレオナがなんだかニヤニヤしている。


「な、なんだよ!?姫さん!?」


「頑張ってね、ポップ君♪」


 ポップが慌ててレオナに声を上げると、レオナは小悪魔のように笑っている。


「絶対楽しんでるだろこの状況~」


「とんでもない!真剣よ私わ♪」


 メルルを始め皆が苦笑しながら、ポップとレオナの掛け合いを見つめる中、レオナは改めてポップに向き合う。


「それじゃあ最後に私も……」


 スッと差し出された小さな手をポップは優しく握る。


「さっき色々と伝えちゃったから私からは殆ど何もないけど……ある人から伝言を預かってるわ……」


「……?ある人……?」


 ポップの問いにレオナはコクリと笑顔で頷く。


「マァムからよ……」


「え………」


「覚悟はいい……?」


「か、覚悟……!?あ、ああ……」


 レオナの物言いにポップは少し緊張しながら応える。


「“信じて欲しい。だから私もあなたを信じてる。"」


「……マァム……」


 短いが、そこにはマァムの純粋な想いが込められていた。そして、深く深くマァムの事を想い、マァムの言う信じるという事をポップは改めてもう一度、自分の心で考える事を誓った。


「しっかりと受け止めて上げて……あの子もしっかりと自分と向き合っているから……」


 レオナは友としてマァムのその純粋な想いをポップに告げた。


「ああ、わかった……ちゃんと……しっかりと俺も自分と向き合うよ……」


 ポップは自身に、そしてマァムに心から誓う。


 そして、あの時マァムがくれた未来を共に掴もうと言ってくれた言葉……そして、マァムが大戦後の未来にはきっと違う自分になれる気がするという言葉もポップはこの時、思い出していた。


 あの星空の下で彼女が見せた笑顔は、その一つの答えだったのかも知れないと……ポップはそう思えてならなかった。


(「本当に……お前を好きになって……本当に良かった……マァム……」)


 


 そして、アバンと共にポップもまたルーラで故郷ランカークスへの帰路に就いた。


 仲間達が見上げた空は、マァムを見送った時と少しも変わらず蒼く澄み渡っている。穏やかな風と春の香りが優しく深くパプニカに清々しさを運んだ。


 


 

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✦作者コメント✦



 前回のマァムのから、今回はポップのエピソードとなりました。ポップとマァムとの違いを考えた時に、ポップの場合は仲間一人一人とのエピソードがしっかりあるキャラなので、この別れのシーンでは、出来る限り一人一人との絆を表現するように心掛けました。また、そんな中でもポップらしさも出すようにしたつもりなので、爽やかな中にもポップらしさが伝わっていましたら何よりです。

帰還 Ⅱ


 


 ─想い 手紙─


 


 先に故郷ネイル村への出立を迎えたのはマァムだった。仲間達が見送りに揃う中で、やはりポップだけはその姿を見せなかった。わかってはいたことであったが、マァムはその事が少し心残りでもあった。


 しかし、ほんの小一時間前にレオナとメルルと深い友情を確かめ合ったマァムは清々しい気持ちも確かに感じていた。


「マァムさん、ポップさんなら大丈夫ですよ」


「メルルさん……」


「信じてポップ君を!マァム!!」


 メルルが優しく、レオナが力強くマァムの不安な心を和らげてくれる。マァムは涙を浮かべて二人と抱き合った。


「マァムさぁぁぁ~ん!!」


「チウ!」


「うぅ~道中気を付けて下さいね、ボクも一緒に行ければ……うぅ……」


 チウは涙を拭って悔やんでいる。


「しょ~がね~だろ?隊長さん、里帰りくらいゆっくりさせてやれよ~」


「ヒムちゃんにボクの気持ちがわかるものかっ!!」


「わかってますけど~」


「おい、チウ!いい加減にしないかっ!!男なら黙って見送ってやれ!!」


「うぅ……!?は、はい……」


 クロコダインに一喝されてチウは小さくなる……


「すまないなマァム…だが、コイツも寂しいんだろう……」


「ええ、ごめんねチウ……でも、あなたも修行頑張ってね!あなたの成長を楽しみにしてるわ!」


「マァムさん……マァムさぁぁん!!」


 思わずマァムに抱きつくチウだったが……


「それにしてもあの変態魔法使いは何してんだ!!!マァムさんの晴れの里帰りの出立に遅刻とは!!」


「……!?」


 その言葉にマァムは勿論、レオナやメルル、更にはアバンまでもが驚くが、そこにある人物がフォローの言葉を告げた。


「チウ、すまないなポップには俺から伝えておく……それで勘弁してやってくれ……」


「え……ま、まぁそう言うなら……」


「ヒュンケル……」


 そう、あのダンス会場の一件からヒュンケルもまたポップとマァムの間に何かしら事が起きたことをなんとなく気付いていた。しかし、今のマァムの表情をみてヒュンケルは決して心配はしていなかった。


「ゆっくりと骨を休めて来たらいい……マァムまた会おう……」


 ヒュンケルはマァムと握手を交わした。


「ええ……ありがとうヒュンケル…」


 マァムはヒュンケルに心からの謝辞を示すと同時に、今後の彼の先行きにある成功を深く祈らずにはいられなかった。そんな時ふと、彼の少し後方に他の三賢者と共に微笑を湛えるエイミの顔がみえる。二人は目が合うと互いに改めて微笑を交わして頷いた。


「では、マァムこれを……」


 マァムとヒュンケルの二人の握手を見つめていたアバンが白い封書をマァムに手渡した。


「先生、これは……?」


「ポップからの手紙です……」


「……!?」


 マァムは手渡された手紙をゆっくり手にしながらアバンの顔を見上げた。アバンは優しく柔らかい微笑をマァムに向けて頷いた。その瞬間……マァムの瞳から滂沱の涙が溢れた。マァムは涙で濡れない様に、そしてこの手紙の暖かさをしっかりとその胸で感じる様に両の掌と胸の間にその手紙を納め深く目を閉じた。


「ポップ……」


 マァムは熱い想いを込めてその名を口にする……。


 仲間達がその光景をまるで何かの儀式を見つめるかの様に静かに静かに見守っていた。そしてその瞬間、この場にいる全ての者がマァムのポップに対する気持ちを深く理解していた。先程まで騒いでいたチウでさえもようやくマァムの気持ちに気付いた様だった。


「先生……本当にありがとう……」


「いえ、私こそあなたにたくさん助けられました……」


「え……?」


「あなたの慈愛の心に救われました。ポップの事を一生懸命、看護してくれたその姿や心に何度も私も励まされましたから……無論、それだけではありません……先の大戦に於いても本当に懸命に戦い、仲間を世界を救ってくれました。だからこそ私はあなたを誇りに思いますよマァム……あなたを慈愛の使徒とした私の目に狂いはなかった……それをあなたは見事に証明してくれました。本当に本当にありがとうございます」


 アバンの心の言葉だった。そして、その一つ一つがマァムの心に染み込まれ、刻み込まれ、再びマァムの瞳から熱いものが零れる。


 誇り……マァムはその言葉をその熱い心に浮かべた。


 慈愛……マァムはその言葉をその優しい心に浮かべた。


 目を閉じるとこの場にいる皆の心が優しく優しくマァムの内側に注がれる。そして、あの光景がマァムの頭に……心に浮かんだ。


 ダイがいる……そして……その隣には……大好きな……緑衣の彼がいる……二人はゆっくりと振り返り緑衣の彼がマァムにその手を差し伸べる。


 一緒に旅をする決意で二人の背を追いかけた……あの時が今はとても懐かしく……涙がまた、いやまだ、溢れて止まらない……


「うっ……うぅ……」


 マァムは思わず嗚咽を漏らして泣いた。


「マァム……」


「マァムさん……」


 寄り添ったのはレオナとメルルだった。


「ありがとう……二人とも……ありがとう……みんな……ありがとう……」


「ゆっくり、休んでねマァム……」


「また会いましょうマァムさん……」


「うん……」


 マァムは涙を拭った。みんなの顔が見える……ヒュンケルもエイミも、アポロもマリンも……チウもクロコダインやヒムも……ラーハルトも……バダック、マトリフも……そして……師アバン……そして、ここにはいない……ダイとポップもマァムにはとても暖かくそこにいるように感じられた。この胸に彼等はちゃんといるから……


「行ってきます!!」


 マァムは彼女らしく力強く、清々しい表情で声を上げるとマトリフのルーラでネイル村への帰路に就いた。


 


 清らかな蒼い空に師マトリフのルーラの光が走る。ポップは城の宛がわれた部屋の窓からそれを見送った。


「マァム……また……な……」


 ポップの瞳には熱いものが感じられた。が、決して涙は流さなかった。目を細め、マァムと二人きりでみた星空を心に浮かべながら……一時の別れをその心で受け止めた。


 


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✦作者コメント✦


 今回と次話は、ポップとマァムのとりあえずの決着とした話しになります。まわりのフォローもありながら、二人は今後の事をそれぞれの時間の中で考えて自分達の進むべき道を定めていくという展開になっていくと思います。実家はそう言った意味で大事な空間ですからね、ちょっとクールダウンして気持ちを落ち着けて再出発、といった感じでポップとマァムにもそんな、良い時間を過ごさせて上げたいと思います。