ダイの大冒険─最終回後─二次小説

ダイの大冒険最終回後の二次小説になります。

パーティーの閉幕


 


 ─遠ざかる背─


 


 ランチでのワインの飲み過ぎにより控え室で寝息を立てているレオナを呆れてみていたマァムとエイミはアポロ、マリンと合流して仕方なくレオナ不在のダンス大会の準備を始めた。すると、そこにアバンが顔を出す。


「おや?レオナ姫はどうされました?」


「先生!」


 マァムはアバンの問いに説明すると、アバンはすぐさま何処かからいくつかの薬草を持ってきてテキパキと、ものの数分程で酔い醒ましの薬を作ってしまった。


「私は姫にこれを飲ませて来ますね」


「さすが先生!あっという間に薬を作っちゃうなんて!」


 マァムは感心して驚くと、アバンは笑いながら言った。


「我がジニュアール家に伝わる酔い醒ましの薬ですので、効果の程は折り紙つきですよ♪」


「アバン様、私も参ります!アポロとエイミはダンス大会の準備をお願い!」


 マリンはアポロとエイミにダンス会場の運営準備を任せてアバンに付き添って行った。


「やっぱりスゴいわね~アバン様は!」


「ああ、さすがに学者の家系だな!頼もしい!今日帰ってしまわれるのが本当に残念だ……仕方のない事だが……」


 アポロはやはりアバンから様々な事を学びたい様だったが、アポロ自身もパプニカでの重要な役目を常々努めていてる身の為、これからアバンがカール王国の為に尽力しなければならない立場である事も理解していた。


 その後、暫くダンス会場の準備をしていると……


「そういえば、アバン様がポップ君を探していたが彼はどこ行ったかな?」


「ポップを?」 


「マァム知ってる?ポップ君の事だからてっきり私達もパーティーに顔を出してると思っていたんだけど、見当たらないのよ……」


「……!?まさか……」


 マァムは昨夜のポップとの言い争いを思い出していた。


「え?何か知ってるの?」


「え!?あ、ううん!私も見掛けなかったわ……」


 エイミに訊ねられたが、マァムは慌て首を振った。


(「どうしよう……ポップ…昨日の事でやっぱり怒ってるんじゃ……」)


 マァムは沈痛な面持ちでいるとアポロが抽選箱を持ってきた。


「マァムも引くだろ?」


「え!?」


「ダンスのペアを決めるクジさ、これも姫様の発案なんだ」 


「クジ引きで決めるの!?」


「本当に姫様は色々考えるわよね♪」


 つい今しがた、アバンと一緒にレオナが休んでいる控え室に行っていたマリンが戻ってきた。


「マリン、姫様は大丈夫なのか?」


「ええ、アバン様が看ていてくれるというので、申し訳ないと言ったんだけど姫様が目覚めたら直ぐに駆け付けるからと……アバン様の為のパーティーでもあったのにね……」


「そうだったのか……姫様にも困ったものだが……」


「ダイ君の事で気落ちしていたからその反動かも……私達には見せないようにしていたのだろうけど……」


 アポロもマリンも酔い潰れたレオナの事を思いながら彼女の胸の内を慮った。マァムもレオナの涙をみて大切な人が手の届かないところに行ってしまう辛さやある種の怖さもわかる気がした。若い身で一国の主となり、これまでパプニカという王国の先頭に立って来た彼女でさえ、そうなのだ。もし、それが自分の身に振り掛かったとしたら……


「マァム?どうしたの?黙り込んで……」


「……!?」


 マリンの言葉にマァムは虚をつかれた様に反応する。


「う、ううん……なんでもないわ!それよりさっきのクジって?」


「ああ、そうそう!参加者にこれを一枚ずつ引いて貰ってペアを作るのさ」


「そ、だから男女同じ数で参加者を調整したのよ?マァムも参加するんでしょ?」


「わ、私は……いいわ……」


「え!?どうしてよ?あなたと踊りたい人なんて沢山いるわよ!」


「そ、そうかな……だってダンスなんてしたこと無いし……」


「大丈夫よ!別に競うワケじゃないし、アップテンポな感じじゃなくてホラこんな感じでゆっくりとステップを踏むだけだもの、あなたならすぐに出来るわ!」


 マリンがアポロを相手にダンスの手本を見せて説明する。確かに見ていると運動神経が抜群なマァムにはものの数分で出来てしまうだろうが、マァムの本当の懸念は無論そこではない。


「ごめんなさい!とにかくダメなの!あの、他のお手伝いならなんでもするから!」


 いつもなら大抵のことは素直に何でも受け入れるマァムだが、珍しく頑なになるその様子にマリンやアポロは顔を見合わせながらも無理に参加させるわけにもいかず、仕方なくマァムの要望を受け入れて改めてダンス大会のサポートを頼むことにした。


 


 その頃、アバンから与えられた酔い醒ましの薬が効いたのか、レオナがアバンの傍らで目を覚ました。


「……ん……んん……あれ?」


「おや?目を覚ましましたかレオナ姫」


「先生っ!?あれ!?私どうしてたのかしら……」


「どうやら、ランチで少しワインを楽しみ過ぎたようですね♪」


 アバンが茶目っ気を込めて笑顔で言うとさすがのレオナも恥ずかしく思ったのか俯いたままの上目使いでアバンに頭を下げた。


「一国を率いる身でお恥ずかしいところお見せしてしまいまして……すみません……」


「いやぁ~ははは!いいんですよ!たまにはハメを外さないと!フローラ様とてお若い頃は……」


 と、フローラの話をしかけてアバンは口を閉ざした。


「フローラ様がどうされたのですか?」


 レオナが訊ねると。


「あーはは……いやぁこれは口止めされてたのでした……すみません…」


 酒の席でのフローラの過去の失態?らしき事をアバンは固く固く口止めされていたのをあやうく漏らしそうになり冷や汗を掻いていた。


「でも、いいなアバン先生は……カールに戻ればフローラ様がいらっしゃるもの……」


 レオナはまだ少し酔いがあるのか、珍しく弱音を吐く。


「あなたが、どれ程ダイの事を想っているのかよくわかります……でも、あなたも解っている筈ですよ?」


「え?」


 アバンの言葉にレオナは顔を上げる。


「彼は大切な人を置き去りにするような薄情な男ではありません」


「アバン先生……」


「彼は私と初めて出会った、あのデルムリン島の頃から勇者としても人としても、そして男としてもたった数ヶ月で随分と成長しました。あのバーンパレスであなた達と再開した時も私は本当に驚き同時に誇りに感じました」


 アバンはゆっくりと優しい口調であのバーンパレスでのダイ達アバンの使徒との再開を語る。


「責任感。きっと彼はこれまでの様々な戦いや出会いを通してそれを学んでいたのでしょうね……」


 レオナはアバンの言葉に彼の姿を重ねながら、確かにその通りだと頷いた。しかし……


「彼のその責任感が……あの行動を?」


「おそらくは……無論、彼に訊いてみなくてはその全ては解りませんが……しかし、私も同じ様な事をしてフローラ様からお小言を言われた身ですしね……」


 アバンは苦笑して言う。


「ですから、彼が戻ったらしっかりお小言を言ってあげて下さい♪」


「フフ♪はい!先生のお許しが出たなら徹底的に!」


「あははは……ま、お手柔らかに……」


 アバンとレオナはそう笑顔を交わしてダンス会場の方に向かった。


 


「あ!ポップさん!」


 メルルが目ざとくポップの緑衣の姿を見付けると、近くにいたナバラに慌てて声を掛ける。


「お婆様!ちょっとだけ抜けていい?」


「ん?ああ……とりあえずお客の列も途絶えたし構わないよ」


「ごめんなさい!じゃあ、ちょっとっだけ……」


 そうしてメルルはポップの背中を追って駆けて行った。


「やれやれ、若いってのはいいね~」


 ポップを追い掛けるメルルにナバラは目を細めて呟いた。


 


「ポップさんっ!」


「ん?ああ!メルルじゃねぇか!?占い屋台は大盛況みたいだな!あれ?でもいいのか?こんなとこにいて」


「ええ、ようやくお客様も落ち着いたので、お婆様にお願いしてちょっとだけ抜けて来ちゃいました…」


「ははは、そっか婆さんも来てたのか!まぁ息抜きしなきゃな!でも婆さん前にお役御免なんて言ってたけど……」


「大丈夫です、こういった場はお婆様の方が得意ですから!」


「へぇ~そんなもんなのか?」


「占いで思い通りにいかなくて苦情を出してくるお客様とかはお婆様が対処してくれてたので……」


「あ~なるほどな……」


「ところで、ポップさんは何処へ?」


「へ?あ、ああ……」


 ポップはメルルの手前、マァムに謝りに行くとは言えずに口籠った。


「な、なんかさっき店で訊いたんだけど、姫さんがまたダンス大会とか言ってなんかやるみたいでさ、ちょっとその見物にな……」


「そうだったんですか!私もちょっと興味あったんですよね……」


「へぇ~メルルはダンス出来るのか?」


 ポップは意外そうに訊ねる。


「いえ、テランにはあまりそういう文化はないので……ただ、これまで訪れた町や村で時々その土地の踊りを見たことがあって、結構面白いなって思ってみていたんです」


「なるほどな~でも、メルルがダンスに興味があるなんて意外だな」


「そ、そうですか?」


「ああ、どちらかと言うと部屋の中で読書タイプだと思ったからさ、案外アクティブなところもあるんだな~って」


「まぁ読書も好きですけど、でもそれを言うならポップさんもですよ?」


 メルルはポップに笑顔で言う。


「俺?」 


「ええ、どちらかと言えば外でアクティブに動くタイプに見えますけど難しい魔導書とかすぐに読んじゃうんですよね?」


「へ?あ、ああ~まぁ師匠に言いつけられて仕方なく……て、なんでそんなこと知ってるんだ?」


「だって今朝、このパーティーの準備を一緒にしていた時にマァムさんが言ってましたよ?ポップさんが分厚い魔導書を数日で頭に入れてて本当にスゴいって!」


「そ、そうか……まぁ…な……ははは……」


(「なんだマァムのヤツ……メルルにそんなこと言ってたのか……」)


 ポップは苦笑いしながらメルルに応えたが、内心ではマァムが自分の知らないところでそんな風に思ってくれていた事が少し嬉しかった。


 


ドンッ!ドンッ!


 


「お!?な、なんだ!?」


 突然の破裂音にポップが周りをみていると、メルルが落ち着いた口調で空を指差す、すると数発の花火が空に咲いた。


「ダンス大会が始まる合図ですよ!花火を上げるって姫様が言ってましたから、さぁ!ポップさん行きましょう!」


「お!?おお……!」


(「ハハハ……派手好きなお姫さんだなぁ~やっぱ……」)


 ポップはレオナの演出にある意味感心しながらメルルと共にダンス会場に向かった。


 


「ビックリしたわ!まさか花火まで用意してたなんて!あれもレオナの発案?」


 マァムは今、空に上がった花火に驚いて言った。


「あれは、姫様というよりバダックさんよ♪ホラあそこにいるわ♪ん?あれ?」


 マリンの言葉にマァムが彼女の言う方を見るとバダックが確かにいた。しかし……


「やだ!バダックさん酔ってる!?」


 バダックはどうやらレオナと同じくランチタイムでかなり酒を呷ったようだ。千鳥足でダンス会場に来ていた。


「とにかくなんとかしないと!マァム手伝ってくれる!」


「わかったわ!」


 マリンはマァムを伴って酩酊状態のバダックの元に向かった。


「バダックさん!」


「お?おやおや我がパプニカが誇る三賢者の1人マリンではないかぁ~!おお!?世界を救った勇者ダイの仲間!武闘家マァム殿もいるではないかぁ~はーはっはははは!!」


 レオナに続き酔っ払ったバダックの世話までしなければならないのか?とマリンとマァムは辟易しながらも、彼を支えて控え室に向かった。


 実は、この酔っぱらいバダックの原因の一端は、一緒に酒を呷っていたマトリフにもあったが、彼はその頃すでに露店先で酔い潰れてイビキを掻いていた。


「全く世界が平和になったからって浮かれ過ぎよ!ねぇマァム!」


「フフ♪そうね、困ったものね……」


 マリンもマァムも顔を見合わせながら二人に支えられ酔い潰れているバダックに呆れて苦笑していた。


「あ、レオナ!」


 マァムがバダックを抱えながら前を見ると、エイミと何やら話し込んでいたレオナがこちらに気付く。


「バダック!?大丈夫?」


「ん~姫様~わしゃもう飲めんぞ~」


 そうして、ぐでんぐでんのバダックはレオナの指示で警備中の兵士に控え室へと運ばれていった。


「はぁ~……私もあんな感じだったのかしら……」


 そんなレオナの言葉にマリンもマァムもエイミもしみじみ頷いた。


「姫様、もうお身体は大丈夫ですか?」


 マリンがレオナの身を案じて問い掛けるとその言葉にレオナは深々と頭を下げる。


「本っ当にごめんなさい!私ったらすっかりはしゃいじゃって!!本当に迷惑掛けたわ!ごめんなさい!!」


「ひ、姫様!?頭を上げて下さい!」


「ううん!本当に反省してるの!?さっきアポロにも叱られちゃったし……もう!ワインは飲まないっ!!」


 堂々と禁酒?禁ワイン宣言をしたレオナは胸を張った。


「そ、そうですか……良いことだと思いますよ」


「そ、そうね!きっと身体にも良いと思うし……」


「うんっ!よしっ!それじゃ!何の気兼ねもなくダンス大会を開催出来るわ!さ、じゃあマァムとエイミはそろそろダンス衣装に着替えちゃって!」


「え!?」


「姫様!マァムは不参加でお願いしたいと先ほど彼女から……」


 マリンがマァムからの不参加の旨を告げると……


「何言ってんのよ!一番の華が出ないでどうするのよ!?」


「は、華って……でも、それならレオナがいるでしょ?」


 マァムは慌てて食い下がる。


「え?私は出ないわよ?」


「えーーーーー!!」


「えーーーーー!!」


 マァムとマリンはレオナの思ってもいなかった言葉に声を上げて驚いた。


「私は主催者だもん!それにこの後も色々あるから、ダンスしてる場合じゃないのよ?」


「色々って?」


「今日までアバン先生と色々と話をさせて貰って、ダイ君の捜索を国としても正式に公布しようと考えてたのよ、だからその発表をこのパーティーでするつもりよ?マリン達にも伝えたでしょ?」


「た、確かにそうでしたが……てっきりダンス大会に出場してからかと……」


「私が出ちゃったらそっちに注目し過ぎちゃうでしょ♪華はマァムで充分よ♪」


 ウィンクしながらそう言うレオナにマァムは困惑しながら苦笑する。


「マァム……やっぱりこれは参加しないと姫様は納得しないわよ」


 マリンが小声でマァムに告げるとマァムも溜め息をつく。


「やっぱりそうよね……一度言ったら聞かないものね……レオナは……」


「こら!そこ何コソコソしてるの!?マァムほら、さっさとダンス衣装に着替えてらっしゃい!エイミはもうヤル気満々よ!」


「エイミさんも出るの!?」


「ええ!ダンスは得意な方なの!」


「ま、ヒュンケルだって出るんだから気合いも入るってモンよ♪自分のクジ運を信じる!!って意気込んでたしね♪」


「ひ、姫様……」


 エイミはレオナの言葉に顔を赤くしていたが、マァムは妙に納得して頷いた。


「な、なるほど……」


「衣装に着替えたら広場の方に行ってね、クジはそこで引いて貰うから♪エイミ一緒に行ってあげて」


「かしこまりました。それじゃマァム行きましょうか?」


「え、ええ……」


 マァムは結局ダンス大会に参加する事になってしまい、用意されているらしい衣装に着替える為、しぶしぶ控え室に向かった。


(「はぁ~本当に困ったわ……どうしよう……ポップの顔が見えないのがせめてもの救いだけど……」)


「マァム、姫様がごめんなさいね……」


「え!?あ、ううん!まぁレオナの強引さはある意味慣れてるから……」


 マァムは今日、何度目かの苦笑をする。


「でも、どうしてそこまで参加したくなかったの?何かワケでもあるの?まさか、本当にダンスが苦手とか?」


「う、ううん!確かにダンスはしたこと無いけどそういうワケじゃないの……」


 マァムはエイミに正直に話そうと思ったが、その矢先。


「まぁ!アバン様!!その衣装!!」


「おやおやマリンさんにマァム!いやぁ~ははは!レオナ姫に用意して頂いた衣装なのですが、なかなか良いでしょ~♪」


 アバンの衣装は凛々しさと煌びやかさをバランスよく組み合わせた衣装だった。


「ホント!よく似合ってるわよ先生!」


「そうですか?それは良かった!」


「でも、先生も踊るとは思わなかったわ!」


「レオナ姫に是非ともと頼まれましてね♪そういうマァムも踊るのでしょう?」


「え、ええ……まぁ……」


「先ほどヒュンケルに会いましたが、彼もとても素敵な衣装でしたよ♪」


「そ、そうですか……」


 マァムはふと隣をみると何かを想像しているエイミが頬を染めて目をキラキラさせていた。


「さぁ!お二人とも、開始時間が迫っていますからそろそろ……」


「は、はい……」


「では、アバン様また後ほど……」


 そうしてアバンに促され二人は控え室に向かって行った。するとアバンはそんな二人を振り返りながら呟く。


「ん~なんとなく冴えない顔をしてましたね~マァム……」


 アバンはマァムの後ろ姿を見ながらいつもと違う彼女の微妙な変化に気付いてはいたが、まさかポップとの事で不安を抱いていることまではさすがに見抜けなかった。


 


 数十分後───


 ダンス大会の会場となる広場にはその衣装に着替えた参加者が集まっていた。また、簡易的な観客席も設けられたが、それ以上に多くの立ち見の客も大勢集まって、ダンス大会の開始を今か今かと待ち望んでいた。すると、そんな中その観客達からどよめきが上がる。


「な、なんだかこんな服を着たことないから恥ずかしいわね……」


「とっても素敵よマァム!」


「ありがとう、エイミさんもよく似合ってるわよ、大人の女性って感じで」


「そう?ありがとう♪」


 二人の美女がキラキラと輝く衣装で登場したことで、観客からは感嘆の声が漏れた。


「なんか、ザワザワしてるけど……私どこかおかしいのかしら?」


 マァムが自分の姿を気にしていると……


「マァム!エイミさん!」


 声のする方にアバンとヒュンケルがいた。アバンは当然、先ほどの出で立ちで、ヒュンケルもまた普段のクールさが更に映える様な洗練されたシックな大人の男の雰囲気を醸し出す衣装だった。


「ヒュンケル!素敵じゃない!!」


 ヒュンケルの凛々しい姿にエイミは声を上げる。


「そ、そうか?なんだか照れ臭いな……」


「そんなことないわ!とてもよく似合ってるわよ♪ね、マァム!」


「ええ、素敵よヒュンケル」


「なら、いいが……着慣れない服は戸惑うな……」


 ヒュンケルはどうも落ち着かない様子だ。


「お二人もよく似合ってますよ♪マァムはこういう機会はなかなか経験ないでしょうけど、皆で楽しみましょう♪」


「は、はい……」


 アバンにそうは言われてもやはりポップの事が気になってマァムは観客席の方を見つめていた。


「どうしたマァム?」


「え?ううん、なんでもないわ」


 ヒュンケルがマァムの様子に声を掛けたがマァムは首を横に振る。


 


 ドン!!ドン!!


 


 再び花火が上がる。


「レディース&ジェントルメェェェーーーン!!!!お集まり頂きありがとうございまぁぁぁす!!」


 レオナが用意した司会者が大きな声を張り上げた。


「本日のパーティーの閉めくくりにここで盛大なダンス大会を開催いたしまぁぁぁーーす!!!!先ずはお集まり頂いたダンスに絶対の自信がある参加者の皆さんに盛大な声援と拍手をお願いしまぁぁぁーーす!!」


「おおーー!!いいぞーーー!!」


「素敵なダンスをみせてーー!!」


「衣装もいいぞーーー!!!!」


 パチパチパチパチパチパチ!!


 司会者の煽りに思わずマァムは苦笑する。


「別にダンスに絶対の自信なんてないんだけど……」


「俺もだが、アバンはやはり慣れているのか?」


「ええ、カールでよくダンスパーティーを開催していましたから♪フローラ様もお喜びになるので」


「カールのダンスパーティーも素敵なんでしょうね♪」


「ええ、復興を果たしたら皆さんにも是非参加して貰いたいですね♪」


 そんな会話の中でも、マァムはこっそり観客の中にポップを探す。すると……


「マァムさぁぁぁーーーーん!!」


 マァムに一際大きな声援を贈る声がする。


「チウ!!」


 声援の方をみるとチウ、クロコダイン、そしてヒムの顔もみえる。


「あなた達も来ていたの?」


「マァムさんの応援に来ました!」


「なかなか衣装が似合ってるじゃないかマァム!頑張れよ!おお!ヒュンケルにアバン殿も!?」



 クロコダインが声を上げる。


「皆さんも来ていたのですね♪」


 アバンが声を掛ける。


「まぁ我々はモンスターなので遠慮していたのですが……」


「クロコダインのおっさんが人間達に気に入られちまってよ!飲みっぷりが気持ちいいってな!」


「それはお前もだろう?ヒム」


「俺は金属生命体なんだからそもそも酔わねぇよ♪味はなんとなくわかるけどな♪なかなか酒って美味いんだな」


「チウも楽しんでるのね♪良かったわ!」


「はい!でもマァムさん!ほんっとにお綺麗です!!」


「あ、ありがとう……」


「それにしてもヒュンケルまで出るとはな~よく口説けたなエイミ姉さん!」


「く、口説いたワケじゃないわよ!!別に……」


「じゃあなんで?」


 皆がヒュンケルの言葉を待つがヒュンケルは特に答えない。


「なんだ?理由がいるのか?」


 昨夜エイミから訊いていた通り、ワインをたらふく飲んで上機嫌なレオナから強引にダンス大会の参加を言い渡されたヒュンケルであったが、さすがにそうとは言えず、いつものぶっきらぼうな口調のヒュンケルに皆、何も言えなくなった。


 


「さて!皆さんここで、主催者のレオナ姫様から一言頂きたいと思いまぁぁぁす!では、姫様宜しくお願いしまぁぁぁす!!」


 司会者の言葉で皆が壇上のレオナに目を向ける。


「皆さん!本日は急遽開催されたパーティーにもか関わらず、こんなに集まって楽しんでくれて本当にありがとう!!このパーティーは我がパプニカ王国が先の魔王軍との大戦を勝ち抜いた祝宴とこれからの復興の祈念と決意の意味が込められています!皆で作り上げたこの素敵な空間を最後は素敵なダンスで締めたいと思います!本当にありがとうございました!そして!アバン先生!!」


 そうレオナが声を掛けるとアバンは照れ臭そうにしながらもウキウキした笑顔で登壇した。


「かの有名な勇者アバン様は先の大戦でもその勝利に多大な力を注いでくれました。そして更に、これからのパプニカ復興の為のアドバイスも沢山ご提供頂けました。残念ながら本日のこのパーティー後にご自身の出身国であるカール王国に帰還されてしまいますが、これからも共々に復興の為に尽力頂けるとの事でしたので、改めて心から感謝の意をお伝えしたいと思います!本当にありがとうございました!」


 レオナは一国の長として深々とアバンに感謝の意を示した。


「こちらこそこんなに素晴らしいパーティーに参加させて頂いて本当にありがとうございます!カールに帰った際にはこれ以上のパーティーをご用意させて頂きますので、皆さんも我がカール復興の際には是非ともお越しください!特別にルーラでご招待しましょう♪なので運賃はタダですよ♪」


「わははははは!!」


 アバンの軽快なトークは一瞬でパプニカの民の心を掴んだ。


「そして、レオナ姫!本当にあなたは素晴らしい王女です!あなたがいればパプニカは磐石です!私が保証します!」


「あ、ありがとうございます!」


 レオナもさすがに照れ臭そうに頭を下げる。そして……


「では、最後にここで皆さんにご報告とお願いがあります!」


 レオナとアバンに向けられた大声援が落ち着くのを待ってレオナは告げた。


「皆さんもご存知の通りここにおられるアバン様はかつて勇者としてこの世界に平和を取り戻してくれました。そして、もう1人……我々が先の大戦で得た勝利の最大の功労者たる勇者がおります!その名は勇者ダイ!!まだ小さな少年である彼が最後の戦いで魔王軍の長!大魔王バーンをその地上破壊の野望と共に打ち砕き再びこの世界に平和を取り戻してくれました!しかし、今現在!彼の行方はわかっていません!!」


 


 ザワザワザワザワ………


 


 レオナのその言葉に集まったパプニカの民はざわついた。中には勇者ダイの安否を気にしていた者もいた為に不安気な表情を見せる者達もいた。


「しかし!!私は信じています!!彼は……彼は……必ず生きています!!必ず帰ってきます!!」


 そう叫ぶレオナの瞳には涙が湛えられている。


「ですので!どんな情報でも構いません!彼の行方、安否!何処かで見掛けたという小さな小さな情報で構いません!どうか彼の情報を得た際にはご一報下さい!!また、ここに世界中の国主、指導者に向けた書簡がありますが、世界中にも呼び掛けて参ります!!他国の方からの情報も勿論!受け付けますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます!また、パプニカ王国としても勇者ダイ捜索隊を結成することをここに宣言させて頂きますので、あらゆる要素、あらゆる観点からの情報を心からお待ちしております!!何卒、何卒!宜しくお願い申し上げます!!!」


 レオナの力の籠った言葉の数々は皆の心を打った。そして……


「それでは、皆さん!最後に思い切り楽しみましょう!!ここにパプニカ復興ダンス大会を開催致します!」


 再び大歓声が起こり、最後のイベントが開催された。


「では、ダンス参加者の皆さんはこちらのクジを引いて下さい!」


 アポロが男性側、マリンが女性側のクジ引き箱を抱えてまわる。


各々がある程度の緊張感を持ってクジを引いていく中で、マァムだけはその緊張感に不安がのし掛かっていた。


(「どうか、ポップが来ていませんように……」)


 場違いだとも思ったが、マァムは真剣にそう思ってクジを引いた。


「さぁ!これで参加者26名が全て引き終わりましたので、男性、女性共に番号を呼ばれましたら1番の番号をお持ちの方から順に前の方へお越し下さい!」


 司会者のその言葉を合図にそれぞれが自分の番号を確認しながら前に出て、カップルが成立していく。


そして……


「では!10番の番号をお持ちの方!」


 カップルはこれまで、9組が成立していた。そんな中で10組目の番号が呼ばれその持ち主が手を上げる。


「はい!」


「はい!」


 一人の女性と男性が声を上げると観客からはどよめきが上がる。


その二人とは!?


「おおーっとここでビッグカップルの成立だぁ!勇者アバン様と我がパプニカ三賢者の一人!エイミ様だぁぁぁ!!」


「ほーエイミさんと私ですか!?」


 ガ~ン……!!


「そ、そんな……」


 アバンとエイミはそれぞれ全く違う表情をみせていた。


「エイミさん、どうぞ宜しくお願い致します」


「へ?あ、ああ……は、はい!こちらこそ宜しくお願い致します」


 アバンが差し出す手をエイミは慌てて取って恐縮した。


「さてさて!続きまして11番目の番号をお持ちの方!!」


 司会者は次の番号を告げた。すると手を上げたのは!


「え!?」


「ん……?」


「おおーっと!?ここで更に再びビッグカップルの成立だぁぁぁ!!世界を救った伝説の勇者アバンの使徒同士のカップル!戦士ヒュンケルと武闘家マァムの美男美女カップルだぁぁぁーー!!」


「ヒュンケル!あなたも11番!?」


「ああ……」


 そう言ってヒュンケルの番号を覗き込み、自分の番号を確認する。


「間違いないわね……」


「踊りは昨日エイミから教わったばかりでな……あまり慣れてはいないんだが、お前は大丈夫か?」


 ヒュンケルはマァムを気遣って言った。


「ううん、私なんて一度も踊りなんてしたことないもの……でも、レオナがどうしてもって……」


「そうか……仕方ないな……まぁなんとか切り抜けよう……」


「え、ええ……」


 しかし、マァムはダンスの不安より、ポップがこの会場にいないかがとにかく気になっていた。


「マァムそういえば、さっきから様子が変だがどうかしたのか?」


「え!?ううん!大丈夫よ!なんでもないわ!」


 ヒュンケルの言葉に思わず首を振る。


 その後、司会者は残りの番号を読み上げて、全てのカップルが決まった。


「さぁ!これで全てのカップルが決まりました!それでは!我がパプニカが誇る交響楽団の皆さん!!お願い致しまぁぁぁす!!」


 司会者のその一声を合図に重厚かつ滑らかな曲が流れ出した。そして、同時にダンス大会の参加者もそれぞれのパートナーと共に優雅に踊り出した。


「あ、始まったわ!」


「俺達も始めるか……」


「え、ええ……そうね……」


 マァムは戸惑いを感じつつもヒュンケルの手を取り、先程見せて貰ったアポロとマリンの踊りを思い出しながらステップを踏んでいった。


「なかなかやるじゃないかマァム」


「そ、そうかしら……ヒュンケルも上手よ……」


「とりあえず、エイミには感謝するとしよう……」


「そうね」


 マァムはふと周りを見渡すと一際滑かなステップを踏んでいるアバンとエイミを見付けた。


「スゴいわ!やっぱりアバン先生もエイミさんも素敵ね!」


「ああ、見事だな……」


 が、そう言う二人も決して他に見劣りすることなく、その優雅な踊りは観客の目を引いていた。


 


 


「かぁ~!こんなに観客がいたんじゃ全然見えねぇよ~!ちょっと来るのが遅すぎたか~」


「そうですね~人の壁でとてもダンス会場は見えませんね……」


 ポップとメルルがダンス会場に着いた頃には既に観客が壁を作り上げて会場が見える場所にはとても近付けなかった。


「仕方ねぇ……諦めるか~」


「そう……ですね……残念ですが……」


 ボヤくポップに頷きながらもメルルは本当に残念そうだった。そんなメルルを見てポップはなんとかならないかと周りを見渡していると彼を呼ぶ声がした。


「おお!ポップ、それにメルルも!お前達も来ていたのか!」


 声の方をみるとクロコダインとヒムが手を上げている。


「オッサン達も来てたのか!?」


「ああ、隊長さんがどうしてもって聞かないもんでな……」


「チウが?」


「あの武闘家の姉ちゃ……じゃなかった!マァムの踊りをみたいって言ってな!なぁクロコダイン……」


「ははは、まぁな……アイツは人間の文化に随分と興味を示すな……」


「人間の……というよりあのマァムにだろ?やめときゃいいのに……」


「今頃は夢中で声援を送っているんじゃないか……?」


 


「イエーイ!マァムさん素敵でーす!!今度はボクと踊ってくださーい!!」


 クロコダインの言葉通りチウは夢中でマァムに声援を送っていた。


 


「はぁ~なるほどな……でも、オッサン達はさすがにダンスは見ねぇか……」


「まぁ…それもあるが俺達のようなデカブツがいたら他の観客にも迷惑だろうからな……」


「へっ!全く律儀なヤツだよなクロコダインは……」


「ま、なんにしても俺達も出遅れちまってよ……この観客じゃあダンス観賞は難しいかな……」


 そうポップがボヤくと……


「ポップさんは……気になりませんか?」


「え?何が?」


 メルルは俯きながらもポップの目を見て言う。


「マァムさんです……」


「……ま、まぁ……まさか、アイツが出てるとはな……」


「そうじゃなくて!誰がダンスパートナーか、気にならないんですかっ!?」


 メルルは珍しくポップに強く迫る。


「い、いや……それは……」


 ポップは口籠る。


「それならヒュンケルだったぜ?俺達あのクジのところまで見てたからな」


「ヒュンケル!?そっか……そういう事か……」


 ポップがそう呟いて俯いていると……ポップの手を強く引く者がいた。


「……!?」


「行きましょう!ポップさん!」


「え!?メルル……?」


 メルルはポップの声に構わず手を引いて駆け出し、ポップは戸惑いながらも一緒に駆け出した。


「やれやれ……なんだか面倒臭さそうだな……人間っつーのは……」


「フフ……まぁ我々の出る幕ではないな……」


 ヒムとクロコダインはそう言ってメルルとポップを見送った。


 


「ポップさん!こっちなら中に入れます!」


「お、おい!メルル!?なんで……!?」


「絶対にダメです!!」


「な、何がだよ!?」


 メルルのらしくない行動にポップは戸惑いを隠せない。


「ポップさんは!ポップさんは……勇気の使徒なんです!だから、このままじゃダメです!!!」 


「はぁ!?なんだよ突然!!言ってることが……」


「あの時の!私に言ってくれた!ポップさんがマァムさんを好きだって言ってくれたあの時の勇気を思い出して下さい!!!」


「………!?」


 その瞬間、人混みを掻き分けて飛び込んできた光景にポップは頭に大きな衝撃を受けた気持ちになった。そこには、マァムとヒュンケルが優雅にステップを踏んで仲睦まじくダンスを舞っている姿があった。観客の中には感嘆の溜め息を漏らす者や歓声を送る者達もいてマァムとヒュンケルは会場の目を一身に集めていた。そして、ポップも……


「………やっぱ……お似合いだよ……な……」


「え……!?」


 ポップのその小さな呟きにメルルが振り返ると、ポップは踵を返してその場を後にした。


「ポップさん……!?」


 メルルは慌ててポップを追おうとしたが、ポップはあっという間に人混みに紛れて見えなくなってしまった。


 そして……その緑衣の後ろ姿を目に留めた人がもう1人……


「……え……ポップ……!?」


 マァムはヒュンケルと優雅にステップを踏んでいる中、背を向けて去っていくポップの姿をその目に捉えていた。


 その瞬間……マァムの中に先日のある光景が浮かんだ。前を行くあの後ろ姿……しかし、あの時とは違う……ポップの後ろ姿……あの時のように自分に振り向いて手を差し伸べてくれたあのポップの背中とは違う現実が……マァムの足を止めた。


「マァム……?どうした?」


 ヒュンケルは突然立ち止まり俯いているマァムを気遣って声を掛ける。


「ごめんなさい……私……もう……」


 マァムはそう言うとその場から駆け出して会場を後にした。パプニカ交響楽団の演奏はまだ終わってはいない、突然駆け出したマァムの姿に観客はどうしたことかと声を上げている。しかし、マァムの耳にはいずれも届いていない。唯一……


「マァムさんっ!!」


 その声はメルルだった。一瞬マァムは立ち止まりそうになったが、それでも駆け出して会場から出ていってしまった。


 


 そして、それから暫くしてダンス大会の終了と共にこのパーティーも幕を閉じた。マァムの突然の退場には皆、暫くざわついていたが、やがてパーティーの閉幕が告げられるとそれぞれ散り散りに去っていった。


 


 しかし、パーティー終了から数時間……昼間の楽しかった時間が引き続く様に露店はそのまま開いていてレオナの許しも出た為、パプニカの街は夜も賑わいをみせていた。


 が、そんな中にあって……ポップもマァムもお互いに顔を合わせない様にその身も心も遠ざけていた。


 ポップはマトリフが再び露店で酒を呷っているのを良いことに彼の岩屋で一心不乱に魔導書を読み耽っていた。


 マァムはパプニカ城の宛がわれていた自分の部屋で、その身を横たえていた。その際にレオナには疲れたので先に休ませて欲しいという旨を伝えたが、レオナはマァムがダンス会場から突然姿を消した後に、メルルから話を聞いて大体の事情を理解していたので、ダンス大会に無理やり参加させたレオナ自身も責任を強く感じ今はマァムをそっとしておく事にした。


 また、アバンもそんなマァムの事が気になり今日のカールへの帰国を取り止めた。レオナにその旨を伝えた時に彼女からは敢えて詳しい話を訊かなかったが、アバンは去っていったポップの背中を見ていたマァムの姿をダンス会場で目にしてから、なんとなく事情は理解出来ていた。


 そして、アバンはその夜……ある目的も踏まえてポップがいるであろうマトリフの岩屋に向かった。 


 

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✦作者コメント✦



文字数最長です…… ほんっとに長くなりまして申し訳ないです(-_-;)

 ただ、今回はポップとマァムにとって大事な道筋の前振り的な展開なので、敢えて話数は分けずに書いてみました。 

 大きなショックを受けた二人ではありますが、互いの本当の気持ちが試される試練の回であります。そろそろバトル展開も書いていきたいのですが、このエピはどうしても外せないのでじっくり書かせて頂きました。

ダンス大会



 


 ─勇気の一歩─


 


 レオナ主催の復興とアバンのフェアウェルパーティーは中盤を迎え、日も高く登り今は皆が、それぞれ好みの露店でランチを楽しんでいた。そんな中でポップは一人、人気のない岩場で冴えない顔をしている。


 


 グウゥ~


 


「あ~あ腹へったなぁ……昨日のマァムのサンドイッチとキッシュ美味かったなぁ~」


 ポップは腹を空かせながら、一人ボヤいていた。


「やっぱ……謝んなきゃな……」


 昨夜のマァムの涙が頭から離れない。自分はいつもそうだ……ポップはそう思って悔やんでいた。大好きな相手にどうしても辛く当たってしまうところがある。


「そういえば……初めて出来た好きな子も泣かせたことあったな……あの時は親父にこれでもかってくらい怒られたっけ……」


 まだポップが幼い頃。故郷のランカークス村の近所に活発だがとても可愛らしい印象の同世代の女の子が引っ越してきた。その子の家族は旅芸人一座で、ランカークス村を起点にベンガーナの城下町や周辺の村々でサーカスや見世物小屋を開いていた。そんな時、ポップは父であるジャンクにせがんで、その旅芸人一座の公演を家族で見に行った。珍しモノ好きなポップは目を輝かせてその一つ一つに胸を踊らせて楽しんでいたが、講演の終盤に行われた沢山の小さな動物達を操る少女の姿にいつの間にか惹き付けられていた。


 程無くして、ポップはその少女と講演以外の時に顔を合わせる様になった。最もランカークスはさして大きくもない村である、子供達が集まって遊ぶ場所も限られている為、自然と顔を合わせる事になるのだ。


 ポップはその子が芸の練習の合間に、いつも自分達が遊ぶ広場に来るのを知って仲良くなった。初めはどうして動物がなつくのか?とか今までどんなところでサーカスをしてきたのか?など訊ねたりしてポップだけでなく他の子供達もその子に興味津々で、皆で楽しく遊んでいた。


 やがて、ポップはその子に好意を持っていた事から優しく接して、その子もそんなポップの優しさに他の子供達よりも心を許していった。


 が、そんなある日、その子の家族が次の講演場所である、遠い町でサーカスを開く為、数日後にランカークス村を離れる事になった。


 ポップは子供心に焦った。早く気持ちを伝えなければ彼女がまた、遠い町に行ってしまう。ポップは悩んだが、気持ちは直ぐに固まった。そして、彼女が旅立つ前の日に二人でよく遊んだ村の広場にある大きな木の下にその女の子を呼んだ。しかし、やはりいざその少女を前にすると胸が早鐘のように鳴り、少しも落ち着けない。ポップはなかなか想いを言葉に出来ないでいると、彼女の方からポップに話し掛けてきた。なんの話しかと思っていると、あろうことか彼女は今、好きな人がいて将来はその彼のお嫁さんになりたい、と言い出したのだ。ポップはショックというよりも何か悪い夢でも見ているかのような感覚を覚えていた。その彼は一緒にサーカス講演で各地を廻っている猛獣使いの青年で、ポップも講演中に猛獣を使うその青年をハラハラしながらも夢中になってみていたので、よく知っていた。訊くと彼は旅の途中にサーカス団の団長がスカウトした身寄りのない青年だった。そして、彼はその少女よりも十才も年上という事だった。ポップはその少女が話す青年の話を殆ど上の空で聴いていたが、所々その話を聴きながら、少しずつ自分が惨めな気持ちになっていった。しかし、そんなポップの気持ちに気付かず彼女はその憧れの青年の話を嬉々として話している。そして、少女はポップに訊ねた。自分は彼のお嫁さんになれるか?と……


 しかし、そこでポップはとうとうその少女にフラれるに決まっている!などと彼女の恋心を踏みにじるような事を言ってしまった。その瞬間、彼女は目に涙を浮かべてその場から立ち去ってしまった。


 その後、肩を落としながら自宅に帰り、父親のジャンクと母親のスティーヌに彼女を泣かしてしまった話をすると、ジャンクにこっぴどく叱られ、ジャンクは力ずくでポップを連れ出し。その彼女の家族が借宿にしていた家に赴くと、彼女の両親にワケを話し、謝罪に来た事を告げた。両親は丁寧に対応してくれたが、しかし結局そのポップの初恋相手は一切顔をみせる事もなく、やがて翌日には家族と共に次の講演の為に村を出立してしまった。


「はぁ~嫌なこと思い出しちまったな……」


 その後、暫く立ってスティーヌから彼女の両親が送ってきた手紙にその少女はもう元気に新しいサーカスの演目を練習しているので、ポップに気にしないでと伝える様に書いてあったことを告げた。ポップは、その事を伝えながら、優しく微笑む母の胸で声を上げて泣いた。スティーヌは大好きな子を傷付けるのは自分も傷付ける事と同じだと言ってポップに言い聞かせた。ポップは泣きじゃくりながら何度となく頷いていた。


「母さんに……言われてたのにな……マァム……」


 そう呟きながらポップはこれまでのマァムとの時間を思い返していた。始めは嫌われ、やがて信頼し合える仲間として存在し、そして、想いを伝えた大切な人………ポップは静かに目を閉じてマァムを想う……


「えーい!!グダグタ考えててもしょうがねぇ!!とにかく!あやまるしかねぇ!!許してくれるまで土下座でもなんでもしてやるっ!!」


 グウゥ~


 再びポップの腹が鳴る。


「そうだった……腹も減ってたんだ……よしっ!腹が減っては戦は出来ぬだ!!」 


 そう勢い付けてポップはパーティー会場に向かった。


 


「はいは~い!みんなパーティー楽しんでね~♪」


 ハイテンションで声を上げているのはランチでワインをたらふく呷っていたレオナだ。


「ちょっと大丈夫レオナ!?またそんなに飲んで!」


「そうですよ姫様!これから姫様が楽しみにしていらしたダンス大会ですよ?そんなに酔っていてはさすがに……」


 レオナを心配して、マァムとエイミが介抱しながら言う。


「なぁ~んでもないわよ!このくらい~酔ってません!酔ったうちに入りましぇ~ん♪アハハハ♪」


「完っ全に酔っぱらってるわよ……」 


 マァムもエイミも困り果てていたが、会場にはダンス大会の参加者やその観客が続々と集まって来ている。仕方なくとりあえずはエイミが人員整理をしに行ったので、マァムはレオナの介抱を続けた。


「う~ん……もうちょっと飲めるわよ~♪」


「もうさすがに飲み過ぎよ」


「いいじゃない、今日はパーティーなんだから~♪」


「そのパーティーの主催者がこんなになってどうするのよ?」 


 マァムが最もな事を言うとレオナは急に静かになる。


「……?レオナ……?」 


 見るとレオナは涙を浮かべていた。


「ダイ君と踊りたかったな……」


「レオナ……」


「フフッ♪きっとヘタクソよダイ君♪ダンスなんてしたことないだろうし」


 レオナは涙を拭いながら力なく笑う。


「でも、私が教えて上げるの、手を取って……ステップはこうで……って♪フフッ彼の慌てる様子が目に浮かぶわ♪」


「そうね……でも、きっとあなたの為に一生懸命に覚えるわ……」


「うん……そうよね……うん……うん……」


 再びレオナの瞳が潤う。


「楽しみね、ダイが帰ってくるのが!」


「え……!?」


 マァムの思いがけない言葉にレオナは涙を瞳に残しながらも顔を上げてマァムをみる。


「だってそうでしょ?世界を救った勇者とお姫様のダンスだもの!私だって見たいわ!」


「マァム……フフ♪そうね、そうよね!」


「ええ!さぁ!みんな待ってるわ!」


「うん!」 


 そう言ってレオナは立ち上がろうとするが……


「あ、あれ?」


 やはり、ワインの酔いが効いている為にまともに立つことが出来ない。


「ちょっと!大丈夫!?やっぱり飲み過ぎよ!?」


 マァムが慌ててレオナを支えるとレオナはマァムに寄りかかりながらボヤく……


「う~それもこれもみんなダイ君のせいよ~」


「これは違うでしょ……」


 マァムが苦笑いで応えるとレオナが言った。


「ごめんねマァム……とりあえず控え室に連れてって……」


「お城に戻らなくて平気なの?」


「大丈夫、大丈夫♪暫くすれば、醒めるから~♪」


 ヒラヒラと手で扇ぎながらレオナはマァムにもたれ掛かっている。


「ふふふ……こんな所みられたらポップ君に嫉妬されちゃうかしら?」


「な、何言ってんのよ!?そんなわけないでしょ!?」


 マァムは赤くなりながら、レオナに言った。


「じょ~だんよ♪じょ~だん♪」


「もう!お姫様が酔っぱらいなん締まらないわよ……」


「はいは~い♪気を付けま~す♪」


 上機嫌なままのレオナを抱えてマァムはエイミが事前に教えておいてくれた主催者用の控え室に向かった。


 


「おお!?なかなか美味いっすね!これ!!」


「そいつは、よくこの辺りで獲れる魚を譲ってもらってこしらえてんだ!パン粉付けて油で揚げてパンにはさむだけで作れるから簡単さ!」


 ポップは以前、ダイの武器探しでパプニカの城下町の武器屋巡りをしていた際に顔見知りになった、とある店の主人がカツオバーガーの露店を出していた為、立ち寄って空腹を満たしていた。


「大魔道士のあんちゃん!こっちのも食ってってくれよ!ケバブって肉料理なんだけど、イケるぜ!!」


「なんの!こっちの川エビの唐揚げも負けてないぞ!食ってってくれよ!」


「甘いモノはいかが~?フワフワ氷のかき氷もあるわよ♪」


 ポップの周りにはいつの間にかそれぞれの露店の店主達が自分の店の食べ物を持って集まっていた。


「世界を救った大魔道士さまに食べて貰えればウチの店も箔が付くってもんよ!」


「そうそう!こっちも食べてよ!美味しいよ!」


「わ!わかったよ!みんな食うからせめて自分のペースで食わせてくれ~!!」


 ポップはその言葉通りに美味しく味わいながら、各露店の出し物を空腹の胃袋におさめていった。


 そして……


「ふぅ~食った食った!もう入らないよ~」


「いやぁさすがの食いっぷり!お見事ですな!勇者様にも食べさせてあげたかった……」


 ある露店の店主がそう呟くと他の人達も俯いてしまった。


「……大丈夫っス!!」


「えっ……!?」


 ポップの一言に集まっていた周りの店主や人々が顔を上げてポップをみる。


「アイツは……アイツはちょっと旅に出てるだけで必ず帰って来ますから!だから、そん時にはもっと沢山!美味いモン頼みますわ!アイツが帰ってきたらオッチャン達の店に必ず連れてきますから!」


「ポップさん……」


 ポップは明るい声でそう話すと皆の顔に明るさが戻る。町の人々は彼の人懐っこい顔をみると、とても好感が持てる少年だと思っていたが、今の彼には人々に希望を振り撒くそんな頼もしい力を感じていた。


「そうだね!ポップさんの言う通りだ!」


「さっすが!勇者の相棒!!」


「よっ!大魔道士ポップさまっ!!」


「いやぁ~ポップさまはやめてくれよ~照れちまうよ~」


「アハハハハハ!」


 ポップの周りには笑顔が生まれる、それが勇気の使徒と呼ばれる彼の魅力なのかもしれない。


 その後、ポップは少し談笑していると店主の一人の女性が声を掛けた。


「そういえば、ポップさんはダンス大会には出ないのかい?」


「ダンス大会?」


 ポップは概要を訊くとレオナらしいなと半分感心して半分呆れていた。


「姫さんも色々考えるよな~♪ま、自分が騒ぎたいのもあるのかも知れねぇけど~」


「でも、皆さん結構集まっているようで、あの銀髪の戦士様も会場にいらしてたみたいですよ?」


 店主の一人がポップに言うとポップは首を傾げている。


「銀髪の戦士?」 


「ほら、いつか魔王軍のでっかい岩みたいな巨人が襲ってきた時に私達を避難させてくれた槍を持っていた戦士様ですよ!ウチの子供達なんかあれから銀髪の勇者様!とか言ってすっかりファンになっちまって!」


「巨人?槍?銀髪?……!?まさか……!?ヒュンケルか!?えーアイツがダンス大会にぃーーー!?」


 やはりポップもその事実には驚きを隠さなかった。


「ええ、私の子供達が先程会場にいらしたと言ってましたから、間違いないかと」


「警備か何かじゃないんすか?アイツがダンスなんて想像つかない……」


「う~ん、しかしこんな平和なパーティーで警備なんて必要ですかね~警備ならお城の兵士もいますからね~」


「ふ~ん、でもそれならまぁちょっと楽しみが増えたかも♪アイツがダンスねぇ~見物だなこりゃ」


 ポップは意地悪な笑みを浮かべていると、更に店主は言った。


「あの武闘家のお嬢さんは出られないんですかね~?私、あの方のファンでして……」 


 そういう店主にポップは反応する。


「マ、マァムですか?さ、さぁアイツもダンスなんかしたこと無いだろうしなぁ~」


「あの戦士様と踊ったらさぞ見栄えしそうですな~美男美女でお似合いですからね~」


「えっ……!?お似合い!?」


 ポップは更に店主の言葉に反応する。


「ええ、そう思いませんか?」


「あ……いや、まぁ~俺にはよくわかんないスけど……」


 ポップの顔がやや曇る。


「あ、じゃあ俺この辺で!そうだお代は?」


「なぁ~に言ってるんですか!世界を救ってくれた大魔道士さまからお代なんて頂けませんよ!」


「そうよ!それにお城からたんまり今回の為に出して貰ってるから気にしなくて良いのよ♪」


「ああ!ほんっとにいい食いっぷりでありがとな!大魔道士のあんちゃん!」


「そ、そうスか?じゃ、じゃあそういう事で!ありがとうございます!ごちそうさんでした!」


「おうっ!ありがとさん!!」


 そうして、ポップは店主達に見送られてその場を後にした。が、彼等が見えなくなってからポップはさっきの店主の言葉を思い出して俯いていた。


「美男美女でお似合い……か……」


 そして、そう呟くポップの目と鼻の先にはそのダンス会場が見えてきていた。


 あの時と少し似ている……。ポップはそう感じていた。幼い頃に初めて好きになった子に気持ちを伝えようと決意したあの時に……ただ、あの時と違うのはその好きだった子との間には訪れなかった仲直りのチャンスに挑むという事だ。不思議と同じ様にポップの胸は早鐘の様に鳴る。“勇気”─早鐘の様に鳴るポップの胸にこの言葉が浮かんだ。


「よしっ!いくぜっ!!」


 ポップは足を踏み出した、早鐘はまだ少しもおさまらない。だが、あの想い人の涙や言葉がポップを突き動かしていた。そして、何より……横っ面を叩く勝利の女神のあの笑顔を見てしまった今、どうしても彼女を失いたくなかった。


 


 

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✦作者コメント✦



 さて、いよいよポップの勇気が試される?というトコでしょうか?幼い頃の苦い思い出を乗り越える意味も少し織り混ぜてという内容となりましたが、幼い頃のスティーヌから言われた言葉。これは大事です。今後においても活かしたい話しですね。

 また、今回以外と書いていて楽しかったのは各露店のグルメです 露店で食べれるという事でB級グルメを並べてみましたが、いくつかはある地域のB級グルメを登場させております。ヒントはダイの大冒険の世界地図は日本列島を模したものなので、パプニカは日本で言うと何処になるのか?(ほとんど答え(^^;)という事で……そんな遊び心も入れていて長くなりました……( ̄▽ ̄;)

マァムとヒュンケル



 ─初恋と巣立ち─


 


 


 メルルの占い道具を片付け終わり彼女も祖母のナバラのいる占い露店に戻り、アバンもパーティー会場に戻った頃、マァムはメルルと二人でいつか話をしたバルコニーのある部屋にヒュンケルといた。


「ごめんなさい……急に……」


「いや、構わないがどうした?何か悩み事か?」


 ヒュンケルは相変わらずマァムに優しく接する。


「うん……なんて言うか……」


 珍しく歯切れの悪いマァムにヒュンケルは告げた。


「大丈夫だ、他言はしない……俺で力になれるならなんでも言ってくれ……」


 そういうヒュンケルの言葉にマァムは少し安堵しながら、彼を真っ直ぐにみていった。


「わかったわ……最初に訊きたいのだけど……」


 マァムは少し伏し目がちになりながらも直ぐに顔を上げて訊ねる。


「あなたは誰か想っている人はいる?」


「想っている人……?」


 みると、マァムは自らのその相手を思い浮かべているのかやや頬を赤らめている。


「俺は……俺にはそもそもそんな資格はない……」 


「え……?」


 マァムはヒュンケルの答えに思いがけない気持ちになる。


「俺のこの手にはどんなに拭っても取り返しのつかない罪が染み付いている。お前達の仲間になり、魔王軍の連中を不幸にしていくことが、俺のその償いのつもりで戦って来た。そして、その中で俺はお前やみんなのおかげで光の力を取り戻すことも出来た……しかし……」


 マァムはヒュンケルの言おうとしている事がよくわかった。彼を救い、彼を思い、仲間として彼と共にあることを信じて今までやって来たからこそ、彼の背負った罪の重さに彼自身がなかなか整理をつけられない事をマァムは改めて感じた。


「確かにあなたは、恐ろしい事をしてきた……でも、それ以上にあなたは沢山の人達を守ってきたのよ。勿論、それとこれとは違うのもわかる。でも、もしあなたが本当に許されないなら、あなたが幸せになることを誰かや何かが許せないなら私はその相手からあなたを守るわ!」


 マァムはかつてミストバーンがヒュンケルを自らの汚点として始末しようとした際にも同じ様な事を言ってヒュンケルを守ろうとした。


「マァム……」


「あなたは幸せになっていいのよ……ううん、むしろそのあなたの罪を乗り越えて幸せになって欲しい!あなたなら出来る筈よ……だってあの恐ろしい暗黒闘気に打ち勝ったんだから!」


 ヒュンケルは瞳を閉じてマァムの言葉を自らの内で反芻した。そして、初めて彼女がみせたあの地底魔城での微笑みを思い出していた。いや、それだけではない……パプニカでのミストバーンとの戦いの時も……そして、魔王軍に捉えられ処刑寸前でマァムや皆が自分とクロコダインを救い出してくれた時も……マァムはいつでも自分を信じてくれた。いつでもヒュンケルにとってマァムは光そのものだった。


「お前は光なんだ……俺にとって……」


「え……?」


「アバンを父の敵として憎み、お前達と初めて相まみえた時……お前は俺の荒んだその心に光を与えてくれた……このパプニカでのミストバーンとの戦いで奴の挑発に乗り俺が再び暗黒闘気で戦おうとした時も……そして、魔王軍に囚われ処刑寸前で完全に俺が光の力に目覚めた時も……お前は俺のその光を信じてくれた……」


「ヒュンケル……」


 マァムは不思議な気持ちになった。真っ直ぐに自分を見つめてそう語るヒュンケルに何故か今までにない……いや、今まで自分が気付かなかった感情が感じられた。それは例えるなら幼い子供の成長を嬉しく思う親の感情とでもいうのだろうか……母親になった事のない彼女に何故、そんな感情が生まれるのか……さっきの守るという言葉にもそんな感情が含まれている気がした。


「メルルと先日、今日の占いの件を頼んだ時に少し話をしたんだ……」


「メルルさんと……?」


 ヒュンケルが言うメルルとの事を意外に思ったマァムは訊ねる。


「ああ……その時に俺を救ってくれたお前に感謝をしているという話をした……」


「ヒュンケル……」


「そして、幸せになって貰いたいと……」


 マァムはそう語るヒュンケルの気持ちが素直に嬉しかった。そして……


「いつか、あなたに言われたわね……みんなの為の愛ではなく自分の為の愛って……いつか自らの意思で誰かを愛するようになるって……」


「ああ……」


 マァムはその時のヒュンケルの言葉が今、少しずつ理解出来ていた。


「私は……あなたと初めて出会ってからずっとあなたを他の人と同じ様にみていたつもりだったけど、でも正直どこか違うようにみていたのだと思うの……だから、エイミさんがあなたを想っている事を知って……思わず戸惑ってしまった……そしてその感情が、もしかしたらあなたを……失ってしまうという怖さなのか、それとも私達意外にあなたを理解しようとする人に対する戸惑いや嫉妬からなのか……はっきり解らなかった……でも……」


「でも……?」


「でもその時に私、その自分の気持ちを……彼の気持ちも知らずにポップに教えて貰いたいと思って……それで……彼に……酷い事を……」


 マァムはあの時の自分の気持ちを確かめる為にポップを求め、そして傷付けた事を未だに悔やんでいた。


「そうか……それで、あの時のアイツはお前に……」


 ヒュンケルは、あのミナカトール発動直前にポップの勇気のしるしが光らなかった時の事を思い出していた。


「彼が怒るのも今思えばムリもないことだわ……それでずっとその事を考えているうちに気付いたの……私……私は……彼と初めて出会った時から無意識にポップを求めていた事を……クロコダインとロモス城で戦ってダイや私がピンチに陥った時も……あのハドラーと初めて私が相まみえたその時も……そして、今あなたに話したエイミさんのあなたへの気持ちを知った時も……」


 マァムは正直に自分の中のポップへの気持ちをヒュンケルに話した。そして、ヒュンケルはマァムが最も失いたくない存在はポップだったのだと気づいた。だがヒュンケルはそれを不思議と微笑ましく感じた。いや、きっと嬉しかった。


「それがあの時、俺がポップに対して言葉に出来ない想いを確かめに行くと良いとお前に言った答えなんだろうな……」


「え……!?」


「だが今、敢えて俺は同じことをお前に言おう……もう一度、アイツとしっかり話してみろ……今、俺に話したことも全て伝えて……そして自分の気持ちだけでなくアイツの答えを改めて確かめに行けば良い……」


「ヒュンケル……」


 ヒュンケルは優しい眼差しを向けてマァムに頷いた。


「わかったわ……なら、一つあなたも約束して……」


「約束……?」


「もう、過去の罪に囚われないで……あなたの幸せを掴んで」


「マァム……」


「私も私の幸せを掴むから!」


 マァムの瞳には強い光が宿っていた。


「そうか……わかった……」


「あなたはあなたが思っているよりもずっと素敵な人よ……」


「なんだか照れ臭いな……」


「それと……」


「………?」


「エルフの住処を見付けられる様、祈ってるわ、私に出来ることがあったら言ってね!」


 マァムは笑顔でそう言うとヒュンケルは微笑を浮かべて頷いた。


「ああ……」


 そして、二人はそれぞれ部屋を出て、ヒュンケルはラーハルトがエルフの研鑽をしているであろう自室にマァムはポップを探しにパーティー会場に戻っていった。


 マァムはその途中、ヒュンケルに対する自分の気持ちを改めて考えていた。母性愛というモノがあるならそういうモノなのかも知れないとも思ったが、初恋ということもあったのかも知れない。でも、今はもう自分の中にはただ一人の人しかなかった。ヒュンケルにはエイミという彼を想いその気持ちを貫こうとしている頼りがいのある女性がいる。ヒュンケルは彼女の気持ちに応えられないとは言っていたが、今の彼は少しずつ変わり始めている。それは人としても一人の男性としても……だから、心配などしていなかった。彼はもう自分から巣立とうとしている……そして、自分も……さっきのようにそんな母親が抱く気持ちに似たようなモノをマァムは感じていた。


「あ~あ……なんだか母さんに会いたくなってきちゃったな……」


 マァムは大きな蒼い空を見上げて1人呟いた。


 今のこの気持ちを母に伝えたい。不思議と晴れやかなこの気持ちとこの先の未来にある幸せを信じたいと思うこの気持ちを……


 母レイラも父であるロカと出会った時にこんな気持ちを抱いたのだろうか……マァムは無性にそれを確かめたい気持ちに駆られながら、盛り上がるパーティー会場に向かった。


 

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✦作者コメント✦



 一つの決着といったところでしょうか。このマァムとヒュンケルの絆というのはとても強く、未来においては二人の世界というのを想像する事も決して難しくない間柄でした。しかし、それでもお互い違う未来に向かって歩き出すといった展開にしてみました。それはお互いに信頼しお互いに大切だからこそ、互いの新たな未来に希望を持って送り出すという事であり、マァムもヒュンケルも人として成長する為にこの形が必要な気がしました。難しかったのですが、上手く表現出来ていれば何よりです。